緘黙児の保護者の負担

2009年03月19日(木曜日)

先月、「子どもが緘黙→母、仕事を辞める」という記事を書いたところ、たくさんの拍手をいただきました。

記事の中でお話したように、私には緘黙の子の子育てというものがどれほどの負担になるのか実際よく分からず、手探りの中書いた記事でした。

あれだけ多くの拍手をいただいたということは、もしかするとそれだけ多くの保護者の方が、緘黙の子の子育てを負担に感じていらっしゃるのかもしれないとも思うのですが、定かではありません。私には、いったいどういう方が、どういうお考えで拍手をくださったのか、分からないからです(ブログ拍手はそういう設定です)。

私個人は、緘黙をマイナスとばかり考えたくはありません。ですが、やはり緘黙の子を保護者がしっかり支援しようとすればするほど、それだけ負担は大きくなることは間違いないだろうと思います。また、支援以前に、子どもが場面緘黙症というだけでも、精神的な負担を感じる保護者の方もいらっしゃるだろうと思います。

一方で、保護者が持つ時間、体力、精神力、お金等々には限りがあります。保護者には、緘黙の子の支援以外にも、しなければならないことは山ほどあります。こうした中、保護者はいかに子育ての負担と向き合っていくのか、気になる問題です。

※ 「負担」という言葉にはネガティブな響きがあり、負担を負担と感じない元気な保護者の方がもしいらっしゃれば、そうした方には馴染まない言葉かもしれません。

■ 障害児の母親の負担に関する研究

緘黙の子が「障害(障碍)児」なのかどうかは別として、世の中には、障害を持った子どもの支援をしている保護者がたくさんいいます。こうした保護者が、子育ての負担にどう向き合っているのか知ると、何かヒントが得られるかもしれません。

例えば、須田真侑子、坂田周一両氏が著した論文「障害児の母親に対する支援」は、養護学校に通っている障害児の母親を対象にした研究ですが、緘黙の子を持つ母親の負担を考える上でも示唆するところがあると思います(須田, 坂田 2006)。

緘黙の子を持つ母親の負担についても、このような研究が行われないものだろうか、と思います。

「障害児の母親に対する支援」(PDFファイル、立教大学ウェブサイトです)
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↑ いきなり英文の Abstract なるものがありますが、本文は日本語で書かれてあります。論文ですので少し難しいですが、興味深い内容だと思います。

[文献]

◇ 須田真侑子, 坂田周一. (2006). 障害児の母親に対する支援. 立教大学コミュニティ福祉学部紀要, 8, 101-108.