[緘黙] なんだ、この修学旅行は [ストーリー]

2009年04月09日(木曜日)

新学期スペシャル!今回も引き続き緘黙ストーリーです。中学生編の第17回、通算第44話をお届けします。

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学を修める旅行、すなわち「修学旅行」の話題が先生から出たのは、なんと1学期の始業式の日でした。なんでも4月中に修学旅行に行くので、これから旅行のための班や係を決めなければならないとのことでした。

いきなり修学旅行とは、せわしない話ですが、このタイミングが一番良いようにも思われました。これから夏にかけて部活動が大詰めを迎えますし(3年生は夏に部活動を引退します)、2学期には運動会に文化祭、そして3学期には高校受験と、修学旅行どころではなくなってしまいます。

ほとんどのクラスメイトが修学旅行を楽しみにしている様子でしたが、私は憂鬱でした。以前、「恐怖の合宿」という話を書いたことがありますが、修学旅行とか合宿とか遠足とか、こうした類のものは、緘黙の私にはどうにも苦手だったのです。

■ 「好きな者同士」の班決めで一人ぼっちに!

修学旅行の準備のために、まず、修学旅行のための班を決めることになりました。1つの班に男子3人・女子3人、好きな者同士で集まれば良いとのことでした。

こうした「好きな者同士」の班決めでは決まって孤立するのが私で、今回もその例外ではありませんでした。

私と同じクラスになってあんなに喜んでくれた陸上部のRさんも、Pさん・Qさんコンビも、2年のときに出席番号が同じだったSさんも、誰も私を誘ってくれませんでした(私からは、当然、誘えませんでした)。彼女たちは私に特に仲良くしてくれたクラスメイトですが、こうした「好きな者同士」の班決めで同じ班になった試しがありません。誘ってくれなかったということは、そこまで仲良くは思ってくれていなかったのでしょう。

そんな時、ある班で次のような会話がありました。

「よし、集まったぞ!男子2人、女子3人」
「待って。男子が1人足りないよ」
「そうだ、男子は3人じゃなきゃダメなんだった。誰かもう1人いないかな」

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結局私は、この班に入ることになりました。

■ 意地悪なクラスメイトに目をつけられる

さて、修学旅行当日がやってきました。行き先は京都を中心とした関西方面で、日程は2泊3日。この旅には、生徒や教師のほか、カメラマンも同行しました(記念写真や、卒業アルバム用の写真を撮るため)。

集合場所はJRの駅で、そこからまず皆で貸切列車に乗り、目的地に向かいました。

列車の座席は予め決められていて、私は男子ばかりに囲まれた場所に座っていました。このとき、周囲にいた一部男子クラスメイトが私に高圧的な態度を取り、少々嫌なムードになりました。この時期での修学旅行の目的の一つは新しいクラスメイトと親睦を深めることだったのですが、意地悪なクラスメイトに目をつけられてはたまりません。今後の学校生活が不安に思われました。

■ 親切なクラスメイトのおかげで、快適な旅が続く

目的地に着いた後は、1日はクラス、2日目は班を主体に、関西の様々なところを回りました。1日目は海遊館など、2日目には清水寺や金閣寺などを見物し、「おたべ」(生八ツ橋)などのお土産を買いました。

私は緘黙のため、無事に旅行ができるか心配だったのですが、取り越し苦労でした。班のメンバーが私に対して好意的だったことが大きかったです。みな親切で、よくできた方でした。

■ 学を修める旅行で、どうして遊園地に行くのか!?ジェットコースターに乗るのか!?

最終日となる3日目は、生徒全員でエキスポランドに行きました。

岡本太郎作・太陽の塔の前で、最初にクラス写真を撮りました。ほとんどのクラスメイトは静かに記念撮影に臨んだのですが、陸上部のRさんは例外で、ど真ん中の一番目立つ位置に陣取って、元気良くピースをしていました(Rさんって、こういう人です)。

その後は、自由行動でした。要するに、好きなだけ遊べとのことです。みんなはジェットコースター「風神雷神Ⅱ」に乗るなどして存分に遊んでいたのですが、緘黙の私は、一人そこらへんを退屈しながらフラフラ歩き回っていました。私はこういう、遊ぶ、ということが大の苦手でした。一緒に遊ぶ友達もいませんでしたし。そうしたところ、2年の時に担任を受け持っていただいた怖い先生に、「おーい富条、お前遊べよ!」と怒られてしまいました。

■ 紀行文でふざけたことを書けば、場面緘黙症の克服につながると思った

修学旅行終了後は、紀行文を先生に提出しました。

学校では話せない私も、文章でなら自分の思うところを表現することができました。しかし、私が書いた紀行文は、ふざけた文章が満載で、とても読むに耐えないものでした。

私は「あんな真面目な男、見たことない」とまで言われた少年でしたが、それがどうしてこのような、ふざけた文章を書いたのでしょうか。それは、自分の性格を変えたいという、新学期ならではの強い思いからでした。当時の私は、自分が学校で話せなかったり極端に引っ込み思案だったりするのは、性格の問題ではないかと考えていました。そして、柄でもないことをすれば、性格が変わり、学校でも話せるようになるのではないか、そんなことを真剣に考えていたのです。

場面緘黙症(自己診断ですが)を自分の努力で克服したい!というその意気込みはいいのですが、努力の方向が完全に間違っています。紀行文にふざけたことを書いて、どうして場面緘黙症の克服につながるというのでしょうか。この頃の私は、スポーツで心身(特に根性)を鍛えると場面緘黙症が治るとか、間違ったことばかり考えていました。場面緘黙症の知識がない中学生が考えたことですから、仕方がないかもしれません(それにしても、ちょっとひどいような…)。

当初憂鬱だった修学旅行ですが、これも今にして思えば、こうしたクラスメイトとの交流が、場面緘黙症を少しでも良くするためのチャンスだったのではないかとも思います。

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