日本の緘黙児は発症が遅い?(後編)

2009年09月15日(火曜日)

日本の緘黙児は発症が遅い?(前編)」の続きです。

前編では、日本語文献で報告されている緘黙症の平均発症年齢が、英語文献のそれと比べて高いというお話をしました。日本の文献の報告では、発症年齢が平均5歳台あたりのものが多いのですが、英語文献では3歳台が多いことが分かりました。

■ 発症年齢は、記憶や記録を元に突き止められる

場面緘黙症の発症年齢の突き止めには、一つの問題があります。例えば、ある子が幼稚園に入園して初めて緘黙症状が現れたとき、ちょうどそこに医師がいて、「この子、たったいま場面緘黙症になりましたね~。発症年齢は○歳○ヶ月ですね~」などと診断するようなことはありません(そもそも、入園直後に緘黙していたからといって、その子が場面緘黙症であると判断するのは早計です)。その後、親とともに何らかの専門機関に足を運び、そこで診断を受け、併せて発症年齢が突き止められるわけです。

「今から思い出すと、あの時期から、この子は話さなくなった」というように、本人や保護者等の記憶や記録をもとに、発症年齢が突き止められるのでしょう。しかし、発症時には場面緘黙症の診断ができる医師はその場にはいなかったでしょうし、昔のことを思い出す等するわけですから、発症年齢の突き止めには、多少不正確な部分も出てくるものと思われます。なお、多くの文献で、平均発症年齢と平均初診年齢の間に年単位の差があります。例えば椎名ら(1998)による文献調査によると、前者と後者との間に平均4.1年もの開きがあります。

■ 場面緘黙症の診断基準により、平均発症年齢が違ってくる?

場面緘黙症に関する研究は数多くありますが、そこで用いられている診断基準はまちまちです。最近の研究(特に英語圏)では、アメリカ精神医学会の DSM や、世界保健機関の ICD といった診断基準が用いられる例が多いですが、これも時々診断基準が改訂されています。

前回、日本語文献と英語文献に見られる場面緘黙症の発症年齢の比較をしましたが、このように診断基準がまちまちなので、厳密に言えば単純な比較はできません。例えば、場面緘黙症に精神遅滞を含めている文献もあれば含めていない文献もあります。

前回の記事の付録に、DSM や ICD の診断基準を採用している文献についてはその旨記載を新たに加えたのですが、特に日本語文献で、DSM や ICD の診断基準を用いずに独自の基準を用いていると思われるものが多いです。これは、付録で挙げた日本語文献が執筆された頃は、まだ DSM や ICD による場面緘黙症の診断基準がなかったり、一般的でなかったりしたためと思われます。

DSM や ICD の診断基準を用いている英語文献の報告は、日本語文献のそれと比べて平均発症年齢が低いですが、DSM や ICD の基準を用いたからといって、発症年齢が低くなるとは考えにくいです。

* * * * * * * * * *

■ 調査対象とされた緘黙の子どもたちにより、平均発症年齢が違ってくる?

平均発症年齢は、どういった子どもが調査対象とされたかによって違ってくる可能性があります。例えば、Elizurら(2003)のように、幼稚園から緘黙症児を集めようとすると、平均発症年齢は高くはなりません。なにしろ幼稚園ですから、例えば8歳や10歳で発症した緘黙症児が通園しているわけがないのです。一方、南ら(1987)や一谷ら(1973)のように、児童相談所に相談・受診した緘黙症児の場合、児童相談所の対象年齢は昔から概ね18歳が上限ですから、8歳や10歳で発症した緘黙症児が来所することもあり得るわけで、先ほどの幼稚園の場合よりも平均発症年齢は高く出る可能性があります。

前回の記事の付録に、調査対象とされた緘黙の子どもたちについての記述を新たに加えました。先ほど例に挙げたElizurら(2003)の研究は、幼稚園児を対象としたものなので平均発症年齢が低いのはもっともなことなのですが、他の英語圏の研究は、児童青年精神医学科を受診した緘黙症児や、学校、緘黙症支援団体等から集めた緘黙症児などで、児童相談所や精神科に相談・受診した緘黙症児などを集めた日本語文献と比べて、平均発症年齢が同じぐらい高くてもおかしくはなさそうです。ですが、それでもなお、英語文献の平均発症年齢の方が低いです。

■ やはり日本の緘黙児は発症が遅いのか

診断基準、調査対象とされた緘黙症児の問題等を考慮しても、なお、文献で報告されている緘黙症児は、日本の方が発症年齢が高いようです。報告された例が少ないので断言はできないものの、やはり日本の緘黙症児は発症が遅いのだろうかと私には思えます。

場面緘黙症の発症は、幼稚園、保育園、就学など、初めて集団場面に参加する時期に集中しているそうです(椎名ら, 1998)。もしかすると、日本では、子どもたちがこうした初めて集団場面に参加する平均的な時期が教育制度上海外に比べて遅くて、そのことが、場面緘黙症の発症年齢の差になって現れているのではとも私には思えてくるのですが、私は海外の教育制度はほとんどよく知らず、確証はありません。