[緘黙] 卒業式(後編) [ストーリー]

2010年03月02日(火曜日)

このブログでは、私が緘黙だった頃のことを連載形式で書き続けています(ただし、プライバシー等の観点から内容は少し変えています)。今回は中学生編の第29回です。通算第56話をお届けします。

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卒業証書授与式が終わり、私たち生徒は教室に戻りました。あとは先生が来て、最後の終礼が行われるのを待つばかりです。

教室ではみな窓側に集まって(窓側に暖房がある)、友達同士最後の語り合いをしていました。

そうした友達がいなかった私は窓側から離れた所で1人ポツンとしていたのですが、そんな私にクラスのある女子生徒が声をかけてきました。

「富条君、Sが話したいことがあるみたいなんだけど……」

■ Sさんが僕に?

Sさんはクラスの女子生徒で、私とは中2以来のクラスメイトでした。中2当時は、Sさんは私に親しくしてくれて、私にとってもお気に入りのクラスメイトでした(第39話参照)。その後中3に入って再び同じクラスになったのですが、Sさんはなぜか以前のようには親しくしてくれなくなってしまったのでした(第48話参照)。そのSさんが、私に話したいことがあるらしいというのです。

お互い、もう以前のように親しくない間柄です。きっと何か事務的な話だろうと私は思いました。係の仕事とか。しかし、よくよく考えると、もう卒業というときに、係の話などするとも思えません。

私と話がしたいなら直接私に話しかけてくれればいいのに、友達を介して会おうとは妙だなと思いましたが、何はともあれ、Sさんと対面することにしました。

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廊下にいたSさんは、友達に導かれるように、私がいる教室にそっと入ってきました。

Sさんは私に近づき、その瞬間、私と目が合ったのですが、このときSさんはとても驚いたような顔をしました。

そして、固まって、うつむき加減で、黙り込んでしまいました。話さないというより、気持ちが高ぶりすぎて何も話せないという印象でした。Sさんは、いつもは落ち着いたかわいらしい顔をした人だったのですが、そのSさんが、ひどく感情的な表情をしていました。「頑張って、ヒロシに話をするんだ……」そんな表情に見えました。何か非常に思いつめた表情にも見えました。

しかし、いつまでたっても、Sさんは黙り込んだままだったので、

「僕に話したいことがあるはずなのに、僕を前にして、何も話さないなんて……」

「僕のことが、怖いのかな?」

そんなことを私は思いました。

結局、Sさんは何も話さないまま、私もSさんの話を聞かないまま、その場は流れてしまいました。そして終礼を終え、学校を後にすることになりました。

■ 後悔残る

学校を後にした私は、このことを後悔しました。

以前にもお話しましたが、Sさんはもともと少し寡黙なところがあって、特に男子とはほとんど話をしない人でした。中2のときは例外的に私には親しくしてくれたのですが、それでも、Sさんが自らすすんで私に話をしようとするのは非常に珍しいことだったのです。

Sさんがこの卒業式の日に、私に何を話そうとしたのかは分かりませんが、察するに、大事な話を、勇気を振り絞ってしようとしてくれたのではないかと思えました。

それなのに私は、どうしてSさんの話をもっと真剣に聞こうとしなかったのでしょう。学校緘黙の私は、寡黙な人の気持ちは、人一倍分かっていなければおかしいはずでした。

私は小学校の卒業式では、担任の先生に一言が言えなくて後悔しました(第27話参照)。中学校の卒業式では、今度は逆に、寡黙な人の話を聞かなくて、後悔を残すことになってしまいました。

しかし、私以上に後悔したのは、Sさんの方だったのかもしれません。

■ Sさんは、いったい何を話そうとしたのか?

それにしても、Sさんは私にいったいどんなことを話そうとしたのでしょうか。

Sさんと私の関係については、「お互い何も話さなくても、気持ちは通じ合っているのでは」などということを考えたこともあります(第39話参照)。Sさんは結局私に一言も話しませんでしたが、あの様子から、何か伝わってきたような気もしました。寡黙な人とコミュニケーションを図るには、相手の気持ちを察することが大事です。

しかし、Sさんが具体的に何を話そうとしたのかは、結局分かりません。やはり言葉に出さないと伝わらないことがあるのです(よほど親しい間柄なら、ともかく)。

Sさんが言おうとしたことが結局分からないまま終わった、という点でも悔いが私には残りました。もしかするとSさんは、ずっと疎遠だった私との関係を最後に何とかしようと思ってくれたのではないかと希望的な推測もしたのですが、全く確証はありません。状況が状況だけに、いろいろ憶測を抱いてしまい、気になります。

Sさんとはその後別々の高校に進学することになります。その高校受験の最終的な結果については次回にお話します。

今回の一件では、今までとは立場が逆転し、今度は私が寡黙な人との関わりについて考えさせられることになりました(寡黙と緘黙は違いますが)。これまで緘黙の私に関わってきた人たちの気持ちが分かったとまでは言いませんが、みんなどういうことを感じながら私に接していたのだろう、そうしたことを考えるきっかけになりました。それにしても、あのとき一生懸命私に話しかけようとしてくれたときのSさんが、忘れられません。

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