[緘黙] 緘黙の克服を後回しにすることを決意 [ストーリー]

2010年04月08日(木曜日)

このブログでは、私の来し方を振り返り、連載形式で書き続けています。今回からいよいよ高校時代の話に入ります。通算第59話をお送りします。

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■ いきなり暗い話ですみません

「お隣の○○君は公立高校に進学したのに、アンタときたら私立だなんて……お母さん、恥ずかしくて表を歩けんわ!!」

私が住む地域で、私立高校に進学したある若者が、母親に言われたという言葉です。ただの作り話かもしれませんが、いかにもありそうな話です。

◇ 私立高校生は、世間体が悪い

私が住む地域では、高校進学を希望する中学生の大半が公立高校を第一志望にしていて、私立は公立に落ちた人が行くところとみなされていました。公立の志願倍率は、一般入試に限って言うと平均1倍台すれすれで、実に9割近くの生徒が問題なく公立に合格し、進学していました(ただし、推薦入試についてはよく知りません)。こうした事情に加えて、官尊民卑の土地柄も手伝い、私立高校生というと、この地域では世間体が悪かったのでした。

私の親などは、高校の学歴が社会に出たときにいかに重要かを、つねづね私に説いていました。たとえ優秀な高校を出たとしても、その高校が私立なら、将来の就職はもちろん結婚にまで影響するというのです。

◇ 私立高校に入ることになって、落胆する富条

これまでお話したように、私も高校受験では公立ε高校を第一志望にしていたのですが、落ちて、滑り止めの私立η高校に進学することになりました。

上のような事情から、私は春から非常に陰鬱な気分でした。自分は「私立η高校卒」という負の烙印を一生背負って生きていかなければならないのだ(高校を卒業できたらの話ですが)、これから家を守り立てていかなければならない母子家庭の長男が情けない、そんなことを真剣に考えていたのでした。

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■ 高校生活、猛勉を決意!

3月の下旬か、4月の初め頃かに、私が進学する私立η高校の仮入学(入学前登校日)があり、私も出席しました。

学校の指示にしたがって制服類を買い揃えた後、η高校の先生による学校生活についての全体説明を聞きました。先生は、私たちの大半が公立高に落ちて不本意に入学する者たちだということを前提として、話をされていました。

その中で、私の高校生活に決定的な影響を与える、この一言をおっしゃったのです。

「高校受験に失敗しても、大学受験で取り返せばいい!」

この一言は、公立高に落ちて萎えていた私の心を大いに奮い立たせました。そうだ、私立高に進学して学歴でハンデを背負っても、高校に入って一生懸命に勉強し、学歴価値の高い大学に合格すれば、挽回できるかもしれないんだ--私はそう考えたのです。そして、これからの高校生活、とにかく勉強を最優先にして過ごすことを強く決意したのでした。

■ 勉強最優先のため、緘黙の克服を後回しにすることを決意

一方、勉強を最優先するために、緘黙を治すとか、そうした勉強以外のことはあまり考えないようにすることにしました(ただし、当時の私は場面緘黙症を知らず、自分が学校で話せないのは性格の問題だと思っていました)。

これには私なりの「計算」がありました。

◇ 計算その1 「大学は暇らしいから、そのときに緘黙を治せばいい」

私に限らず、大学進学を目指す高校生にとって、高校生活は勉強詰めの大変な毎日です。しかし、大学は「レジャーランド」とも言われるように、あまり勉強しなくても卒業できるらしいと私は聞いていました。ですから、この3年間はとにかく勉強に集中して、緘黙を治すのは大学に入って時間に余裕ができてからにするべきではないか、そう考えたのです。

◇ 計算その2 「いい大学を出れば、いい企業に就職でき、将来安泰」

また、私が高校入学当時は、「いい大学を出れば、いい企業に就職でき、将来も保証される」ということが、まだ広く信じられていた時代でした。こうした時代背景から、私は、学歴価値の高い大学に入ってしまえば、たとえ緘黙でも、よもや……というかすかな期待を持っていたのです。

◇ 甘い計算

この「計算」、今にして思うと甘さがあったと思います。実際に大学に入ってみると、勉強は(少なくとも私にとっては)厳しく、余裕なんてありませんでした。また、大学生になってまで緘黙が固定化するとなおさら治しにくかったです。

また、たとえ学歴価値が高い大学を出ても、就職の際にはコミュニケーション能力、協調性、こうしたことが重視されます。このことを私は軽く考えていました。加えて、バブル崩壊後の不況の深刻化を背景に、「いい大学を出れば、いい企業に就職でき……」という神話が、ちょうど私が大学在学中あたりに崩れ出すという「誤算」にも見舞われました。

◇ 緘黙の克服にもっと力を入れればよかったか

ただ、かといって、高校時代に勉強の優先度をもっと下げて緘黙の克服に力を入れればよかったかというと、必ずしもそうとも思えません。当時の私には緘黙はいったいどう努力すれば治るのか、そもそも治るような類のものなのか、そういったことが全く分かりませんでした。それに比べると、受験勉強は、具体的にどう努力すれば学力が伸びるかは、かなり明白でした。η高校の経験豊富な教師陣や、大手予備校などの受験産業界が、私たちに正しい努力への道筋を示すとともに、私たちを様々な面で強力にバックアップしていました。

こうしたことを背景に考えると、当時の私が、努力の効果が目に見えて現れやすい受験勉強の方に走ったのは、無理のないことだったようにも思えます(ただし、こうした高校生活の送り方を、みなさまにおすすめする気にはなれません)。緘黙の克服のためにもっと努力したとしても、私のことですから、これまでのように見当違いの努力を重ねて徒労に終わり、さらに学力も伸び悩む(二兎を追う者……)という最悪の結果に終わったような気がします。

とにかく、私は大学受験で挽回するべく、これまで以上に勉強に力を入れることを誓ったのでした。

[続きの話]

◇ [緘黙] 高校入学 [ストーリー]