緘黙症をなめるな!

2006年01月14日(土曜日)

中学1年の頃、クラスに好きな女の子がいました。Kさんという、吹奏楽部でトロンボーンを吹いていた子です。面白いことに、彼女は緘黙症の私とは正反対に、大変おしゃべりで活発な子でした。なんでこんな子好きになったんだろ。

ある日、クラスのOさんという子に、「富氏くーん、K呼んで来てくれない?」と頼まれました。憧れのKさんに接することができる願ってもないチャンスです。しかし、場面緘黙症で学校では口を利けなかった私には、難題でした(英語では "That's a tall order." と言います)。普通に話ができる子なら、「Kさん、Oさんが呼んでるよ」とやればいいところでしょう。しかし、私は口を利けなかったものですから、これができません。では、どうしたか。

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私はKさんのところにトコトコと歩いていき、Kさんの手前20センチぐらいの至近距離まで近づきました(この段階で、Kさんは少しびっくりした顔をしていました)。そしてKさんの肩をトントンとたたき、次いで私はOさんのところを指差したのです。Oさんを指差す私を見て、Kさんは気づきました。「あっ、Oが呼んでるんだね、分かった」と。

場面緘黙症で口を利けなかった私の学校でのコミュニケーション方法というのは、こんなところです。こういう肩をたたいて相手の注意を引く方法というのはよくやったもので、周囲も私が口を利けないことを知っていたので、理解してくれました。しかし、このときはさすがに相手が自分の好きな女の子だったので、「わーい、Kさんの肩を触ることができたー!口が利けなくてラッキー♪」などと、可愛らしく喜んだものです。

(それにしてもKさん、今頃どうしてますかね?…最後に会ったのは高校3年の時でしたが)

この他、場面緘黙症だったがために得したことというのは、けっこうあります。クラスでは女子を中心に「かわいい」と可愛がってもらいました。無口でもじもじしている男の子を「かわいい」とする女の子の心理は理解しかねるものがありましたが、異性にちやほやされるのは実に気持ちが良かったものです。しかし、女子に「かわいい」と言われて気持ちが良かったのは中学校までで、高校にまでいって「かわいい」などと言われると、かえってむかつきました。

ただ、やはり損したことも、たくさんあります。病気のせいにばかりしたくありませんが、やはり場面緘黙症にさえならなければ、今の自分(ニート、ひきこもり)はなかったのではないかと思うことがあります。ネットなどで元緘黙児だった人の話を見ていても、むしろ場面緘黙症は損だらけ、人生を破滅させさえする、という印象を受けます。

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などと色々書き連ねて見たところ、いつの間にかけっこうな分量の記事になってしまいました。あまり長文にすると嫌われるので、今日はこのあたりで終わりにします。

緘黙症がいかに悲惨なものか書くつもりだったのに、気づいたら緘黙症で得することばかり書いてしまいました(しかも女の子の話ばっかり)。緘黙症の悲惨さは、後で必ず書きます。みなさん、緘黙症は、こんなもんじゃないんですよ!緘黙症をなめんなよ!!

注. この記事は、2005年12月3日にニートひきこもりJournal に掲載した記事を一部編集したものです。