緘黙が母に理解されず、満たされない思いを持つと…?

2010年09月08日(水曜日)

インターネットで場面緘黙症に関するサイトを見て回ると、親に緘黙のことを理解してもらえなかったという話に接することがあります。

実際、子どもの場面緘黙症をよく分かっていない親も多いようです。とある文献には、緘黙の子の保護者は「授業参観等で一言もしゃべらない我が子の姿を見て初めて事の重大さに気づくことが多い」とも書かれてあります(平田, 2002)。場面緘黙の子は自宅では普通に話すので、学校場面での子どもを直接見る機会の少ない親にはどうしても理解しにくいのでしょう。

上のように親が事の重大さに気づけばよいのですが、そのような場合ばかりでもないでしょう。学校や幼稚園で年単位にわたって苦しい思いをしながら、親に理解も助けも得られず、その結果、特に母親に対して満たされない思いを抱く子もいることだろうと思います。

そうした子は、いったいどんな大人に育つのでしょうか。子どもが母親にこうした感情を持ちながら育つのは、やはりその子の生育上好ましくないのでしょうか。愛情に飢えた人になるとか。それとも、かえって子どもの自立を促すのでしょうか。親子関係にはどういった影響があるのでしょうか。緘黙の子に限らず、誰でも多かれ少なかれ、こうした母親に対する満たされなさを感じながら育つものなのでしょうか。

私は専門家ではないので、よくは分かりません。素朴な疑問です。

[文献]

◇ 平田幹夫(2002). 場面緘黙児の発話を促進するカウンセリング過程(I)-小学校3年男児の介入例-. 琉球大学教育学部教育実践総合センター紀要, 9, 1-12. Retrieved from http://ir.lib.u-ryukyu.ac.jp/bitstream/123456789/5712/1/No09p001.pdf