場面緘黙症になって得したこと?

2006年04月26日(水曜日)

[警告]

今日の記事の内容は、読む人によっては強い不快感を感じるかもしれません。ご機嫌の悪い方は閲覧をお控えになることをおすすめします。

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思えば私の人生、場面緘黙症にかかったことは不運の極みでした。あまり病気かなんかのせいにするのはよくありませんが、場面緘黙症にさえなっていなければ、今の私の不遇はなかったのではないかと思うこともあります。

しかし、たまには発想を変えてみましょう。場面緘黙症になって本当に損ばかりだったのか、自分自身の緘黙歴を振り返ってみたいと思います。

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■ クラスの女子が可愛がってくれた

場面緘黙症を発症した小4当時、私はクラスのある女子児童にいじめられました。男が女にいじめられたんですよ!情けないにもほどがあります…。

しかし、小学校高学年以降になると私をいじめる女子はいなくなり、代わって私を「かわいい」と可愛がってくれる女子が多数現れました。

このあたりの女の子の気持ちは、よく分かりません。無口でおどおどしていた私は、女の子の母性本能でもくすぐっていたのでしょうか?いまだに謎です。

特に中学2年の頃は、女子の中でも中心グループの何人かが私のことを「かわいい」と言って、いろいろ可愛がってくれたものです。その中でもYさんは忘れがたいです。私が男子生徒からいじめらそうになったときに、何度も助けてくれました。ほかにも、掃除の時間にみんながさぼっている中、私一人が黙々と掃除をしていたところ、「富氏、いっしょにやろう」と言って協力してくれたりもしました。

高校に入っても、なぜか「かわいい」と言われました。高校1年の4月、ホームルームでなんとか頑張って自己紹介したところ、ホームルームが終わった後の休み時間に、数名の女子生徒が私のもとに「かわいーい♪」などと言いながら押し寄せてきたことをはっきり覚えています。当初は女子にちやほやされてなんとなく嬉しかった私も、高校にまで入って「かわいい」などと言われると、かえってむかつくようになりました。

もっとも、こういった話は、私の恋愛の経験とは全く関係ありません。私のことを堂々と「かわいい」と言う人に限って、私に気がなかったのです。また、彼女たちは私の友達にもなってくれませんでした。

■ 勉強に集中することができた

まともに人と会話することができず、対人恐怖気味だった私に、友達なんてできませんでした。学校の休み時間も、みんなが友達と楽しくしている間、私は一人ぼっちでした。放課後も、いっしょに遊ぶ相手はいなかったと言ってもいいでしょう。

しかし、おかげで一人で勉強に集中する時間を得ることができたのです。

小学校5年のとき、休み時間にいっしょに遊ぶ友達がいなかった私は、一人でぼーっとしているのはもったいないということで、算数の計算ドリルを解くことにしました。おかげで算数の成績は伸び、クラスでトップを争うまでになったのです。

その後も、余計な人付き合いがなかった分、十分に勉強に時間を使うことができました。大学在学中はサークルにも部活にも所属しませんでしたが、その分、存分に勉強にうちこみました。

無口な人間が黙々と勉強していると、「彼は、頭がいいんだ」と世の人は誤解するようで、周囲から一目おかれるようになりました。

しかし、見方を変えれば、緘黙や人付き合いの困難さを真剣に治そうとせず、勉強に逃げていたような気もしないまでもありません。

■ むすび

このように、発想を変えて考えてみると、場面緘黙症になって得したこともなかったこともなかったような気もしないまでもありません。

しかし、総じて考えると、やはりマイナス面の方が大きかったような…。

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