『場面緘黙児の心理と指導』

2010年12月14日(火曜日)

場面緘黙児の心理と指導―担任と父母の協力のために緘黙・孤立児』や『無気力・引っ込み思案・緘黙』など、かねてからあった国内の緘黙の本を読んだ感想のようなものをこのブログで書いてきたのですが、肝心の『場面緘黙児の心理と指導』についてはまだだったので、今回書いてみます。私は専門家ではないのですが、自分自身の勉強も兼ねて。


■ 本の概要

河井芳文、河井英子共著『場面緘黙児の心理と指導-担任と父母の協力のために-』田研出版株式会社、1994年。

河井芳文東京学芸大学教授(当時)が89年8月までに書いた原稿を、河井英子武蔵丘短期大学教授がまとめたものです。教育の観点から緘黙について論じており、「緘黙の特徴」「緘黙の原因」「緘黙の診断」「指導」の4つの章からなります。

日本国内で緘黙を専門的に扱った本と言えば、比較的最近までこの本でした。他にも本がないことはなかったのですが、入手がしにくかったり、緘黙のために割かれた紙幅が少なかったりして、実質的に類書がないに近い状態でした。本書は、当時としては本当に貴重な本だったわけで、よくぞ刊行されたものだと思います。この状況が変わったのは2007年以降で、『場面緘黙児への支援』(2007年)『場面緘黙Q&A』(2008年)『場面緘黙へのアプローチ』(2009年)が立て続けに刊行され、現在では、緘黙を専門的に扱った手に入れやすい書籍が何冊もある状況です。

著者の故河井芳文教授は、緘黙に関心のある方の間で、ときどき「場面緘黙症の研究者」だった人物という言い方がされることがあります(このブログでもそういう表現をしたことがあります)。ただ、同教授の業績を調べたところ、緘黙に関する業績で見つかったものは本書1件のみで(もちろん、それだけでも大きな業績ですが)、他には教育に関する様々な業績があります。ソシオメトリーも同教授が専門としていた分野の一つのようで、本書の中でもソシオメトリーについて言及があります。

■ 所感・所見

さすがに経験豊富な大学の先生が著者とあって、よくまとまっています。書かれた時期は古いですが、今日でも通用しそうな内容が含まれています。国内での研究やノウハウをまとめた本なので、海外の本を邦訳しただけの本に比べると、我々に密着した内容です。

本書は国内の先行研究を広く引用するという、今日の類書にも見られないことを行っているので、日本での緘黙研究を概観するには今日でも有用です。ただ、緘黙研究の黎明期や最近の研究については書かれてありません。この時期については、ちょうど矢澤久史東海学院大学教授が展望論文でよくまとめているので、これを読めばうまいことに補完できます。

↓ CiNiiへのリンク。CiNiiは国立情報学研究所が提供するサービスです。
矢澤久史教授の展望論文新しいウィンドウで開く

ただ、それでもやはり執筆時期の問題はどうしても意識せざるを得ません。例えば英語圏では90年代以降、場面緘黙症と不安障害との関連が注目されるようになるなど大きな転換がありましたし、同時期に緘黙症児の有力支援団体が次々にできて、症児支援のノウハウの蓄積が進んできました。また、発達障害との関連も国内外から指摘されるようになってきています。ですが、本書は89年に原稿が書かれており、そうした点はカバーできていません。

このブログの読者のかなりの割合を占めるであろう保護者にこの本をお薦めするとすれば、私なら、2冊目以降の本として推薦します。確かに勉強になる本なのですが、上でお話したような執筆時期の問題がありますし、また、そもそも本書は保護者よりも教育関係者を対象読者として意識していると見られるからです。あくまで専門家でもなんでもない私の私見なのですが、保護者にお薦めする1冊目の本は、新しくて広汎な内容をカバーしている『場面緘黙Q&A』か、緘黙の子を支援するための実践的な方法がまとまっている『場面緘黙児への支援』です。