[緘黙] 特進クラスの授業 [ストーリー]

2011年02月01日(火曜日)

このブログでは、私の過去を連載形式で振り返っています。今回は高校生編の第12回です。通算第70話をお届けします。

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■ 特進の授業に、ついていけそう

高校2年になって、ようやく特別進学クラス(特進下位)に入ることができた私ですが、果たして特進の授業とはどれほどのレベルのものなのか、自分はついていけるのか、よく分かりませんでした。

特進の授業は、4月は慣らし運転とばかりにゆっくり進んでいたのですが、次第に進度が速くなっていきました。高1のときに受けた一般クラスの授業に比べるとやや高度な印象を受けたのですが、なんとか自分にもついていけそうに思いました。特に、古文の文法の授業などは、かえって易しく思えました。これは、私が高1の頃、当時担任のA先生が、私のような当初特進に入れなかった生徒のためにレベルの高い授業をしてくださったおかげでした(第60話参照)。A先生には感謝です。

■ 「予習」の成果を口頭で発表

授業では、「予習」が重視されました。例えば、英語のリーディングでは、次の授業で進みそうな箇所まで、予め教科書の英文を日本語に訳してくるよう求められたのです。そして授業では、生徒は教師にランダムに当てられ、用意した日本語訳を発表させられたのでした。

※ これは、もしかすると特進クラスに限らず、一般クラスでも、いや、中学時代でもそうだったかもしれません。このあたり、はっきり覚えていません。

当然、私も当てられたことがあります。緘黙の私でしたが、予めノートに書いて用意したものであれば小さな声で発表できるほど、この頃には緘黙は軽快していました。ただ、予め用意した文章ではなく、今の自分がどう考えているか述べよなどと当てられて聞かれようものなら、なかなか答えられなかったのではないかと思います。

なお、中には私にはあまり当てない先生もいらっしゃいました。緘黙気味の私に遠慮されたのか、理由は分かりません。

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■ 先生の眼を見ながらウンウン・再

授業で、先生が話している最中、先生の眼を見ながらウンウンとうなづく習慣はまだ続いていました。授業で先生の視線を見ることは、私には平気だったのです。

これにより、例によって、何人かの先生に、私のことを特に覚えていただくようになりました。私はほとんど何も話さない生徒だったのですが、授業中にウンウンうなづくだけで、こうなってしまいました。

■ 体育の授業もあった

勉強ばかりではありません。特進クラスには、当然、体育の授業もありました。ですが、体育は特進だからといって特に変わったこともなく、普通の授業でした。

体育の先生は、どういうわけか私のことを特にかわいがってくださいました。私は体育は得意どころか不得意だったのに、不思議なものです。もしかすると、体育が苦手だったからこそ、私のことを大事にしてくださったのかもしれません。

先生は、私のことを頭がいい生徒と見てくださったのですが(誤解です)、足りないところもあると思っていらっしゃったようです。「いくらいい考えを持っていても、言葉に出さないと意味がないぞ」と注意されたことがあります。

しかしそれよりも、先生は、私が勉強ばかりにのめりこんで、異性に関心が薄いことを問題視されていました。そこで、クラスで一番可愛いWさんという女生徒の話を私に頻繁に聞かせ、私に対して、Wさんに興味を持たせようとされました。私が勉強ばかりに没頭していたのは、なによりも高校受験の失敗を大学受験で取り戻すという目標があったからですが、緘黙で引っ込み思案で社会性に欠ける自分が、恋愛に自信がなかったからというのも、もしかしたら理由の一つだったかもしれません。

Wさんは確かに私の目から見てもかなり可愛い人で、最初にこの人を見たときは、堀越高校や日出女子学園の芸能コースの生徒が間違ってこのクラスにいるのではないかと思ったほどでした。このため、私もWさんのことは多少気にはなっていたのですが、本気で好きだったわけではありません。このため、先生が話してくださるWさんの話題にも、私はもう一つ乗り気ではなかったのですが、先生がおっしゃることなので、とりあえず真面目に聞いていました。

■ 最初の中間考査

5月には中間考査が行われました。この特進クラスでの、最初の試金石です。結果は教室に張り出されたのですが、私の順位は、およそ40人中2番でした(下から数えて、ではありません!)。私は特進クラスでも十分やっていけそうだと確信しました。

ただ、どうせなら1番を取りたかったところです。1番を取ったのは、あのWさんでした。(つづく)