ここ数年、緘黙支援で新たな動きが出た経緯

2011年05月24日(火曜日)

ここ5~6年の間に、日本では場面緘黙症の支援で新しい動きが見られます。場面緘黙症に関する支援団体ができて、緘黙をテーマとした本が相次いで出版されたり、シンポジウムやセミナー等が開かれたり、啓発活動が行われたりしています。

ですが、いったいどうしてこの数年の間に急にこうした動きが出てきたのでしょうか。このあたりの経緯を、簡単にまとめてみます。

■ 緘黙は1950年代には学術文献に登場

場面緘黙症は、ここ数年の間に急にできた新語ではありません。緘黙の研究で最も歴史があるドイツでは、1930年代に初期的な研究が現れます(比較までに、自閉症の研究は、1943年のレオ・カナーの報告から始まったとされます)。

日本では、緘黙は1950年代には学術文献等で見かけるようになります。当時から、「緘黙」という呼称が用いられていました。それ以降、緘黙症児は、必ずしも認知度は十分に高いとは言えないものの、学校や専門機関等で支援の対象とされてきました。

■ 新しい動きが起こったのは2005年の後半あたり

新しい動きは、2005年の後半あたりに起こり始めました。ネット上で、日本の緘黙症児支援の現状に対して疑問を投げかける声が、一部であがったのです。たとえば、アメリカやイギリスでは1990年代に入って緘黙に関する支援団体が生まれ、また、支援のノウハウも広まっているのに、日本は……といった具合です。要するに、日本の緘黙症児支援は海外(特に、英語圏)に比べると遅れているという意見です。弥生桜さん(現・かんもくの会代表)が、その端緒だったろうと思います。

こうした問題意識のもと、かんもくの会(2006年8月設立)と、かんもくネット(2007年4月設立)が誕生しました。こうした団体が、書籍の出版に関わったり、啓発活動を行ったりするなど、新しい動きの原動力となっています。

なお、私が場面緘黙症Journal を始めたのもこの時期です。2005年12月に、あるブログで緘黙に関する記事を書き始め、翌2006年1月に、それを場面緘黙症Journal として独立させました。あの頃は、「日本は遅れている、海外(特に、英語圏)は進んでいる」ということを盛んに書いていたような覚えがあります。