[緘黙] 「本当の私」を知らないで惚れる女子? [ストーリー]

2011年07月05日(火曜日)

このブログでは、私の過去を連載形式で振り返っています。今回は高校生編の第17回です。通算第75話をお届けします。

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私は高校3年に進級しました。といっても、この学校では2年と3年はほとんど持ち上がりで、担任もクラスメイトもほぼ変わりはありませんでした。

■ 話せないので、誤解を解けない

例外的に、定期考査で何度もクラスの1番を取っていたWさんだけが、特進上位クラスに移りました。

「富条、残念だったな」

体育の先生から、こんなことを言われてしまいました。Wさんはクラスで1番の可愛い女子生徒でもありました。この体育の先生は、生真面目そうな私に異性への関心を持たせるべく、常々Wさんのお話を私に聞かせていました(第70話参照)。私は先生のおっしゃることなので一応しっかり聞いていたのですが、そのうち、どうやら先生は、私が本当にWさんに興味を持つようになったと思い込んでしまったようです。

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困ったことに、クラスの男子にも、私がWさんに気があると勘違いする生徒が一部に現れ出したようでした。

私は、この誤解がうわさになって広まり、Wさんの耳に入ったらどんなことになるだろうかと少々不安に感じていました。しかし、私は緘黙が軽快していたとはいえ、誤解を解くべく釈明するという真似はできませんでした。加えて、当時の私は誤解されても放っておけばよいと考える妙な傾向もあり、結局、誤解は放置したままにしておきました。

その問題のWさんですが、別のクラスに移ってからも時々このクラスに出入りし、私にも変わらず親しくしてくれました。ところが高校3年の後半になると、この誤解の影響からか、Wさんの私に対する態度が変わっていきます。

■ 「本当の私」を知らない女子たち

ところで、自分で言うのもなんですが、この時期の私は、女子にはわりと人気があったのではないかと思います(この時期だけですが……)。多くの場合、ただカワイイとか面白いとか思われていただけのようでしたが、中には本気で私のことを慕ってくれる女子たちもいました。

ただ、こうした女子たちが、一体どこまで私のことを本当に分かっていたのだろうかと、疑問にも感じていました。私は、場面緘黙症(自己診断)をまだ完全には克服していませんでした。学校での自分と家庭での自分は違います。そして、学校での極端に大人しい自分は仮の姿で、家庭でのびのびしている自分こそ真の自分だ、こういうことを考えていました。私に熱をあげている女子も、私の仮の姿に惚れているだけのように私には思えたのでした。

それにしても、私のような緘黙男のどこがよかったのか、いまだに分かりません。高校の英語の授業で習った There is no accounting for taste (蓼食う虫も好き好き)とは、このことなのでしょうか。

なお、私は大学に進学するとモテなくなってしまいました。(つづく)

[追記]

「蓼食う虫も好き好き」の英語が間違っていたので、訂正しました。お恥ずかしいです……。(2011年7月7日)

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