「緘黙」という言葉について調べる

2012年07月17日(火曜日)

どうして場面「緘黙」症とか、全「緘黙」症という言い方をするのだろうと考えることがあります。

緘黙という言葉は見慣れず、難しいです。常用漢字にない「緘」という字が含まれます。緘黙は普通名詞としても存在する言葉ですが、パソコン入力で変換することもすんなりできません。最近は、国内の緘黙支援団体が「かんもく」という平仮名表記を用いている場面をよく見かけますが、これも緘黙という言葉の難解さゆえなのかもしれません。

そこで、この緘黙という言葉について調べてみました。言葉の由来や古い使用例、どういう経緯で場面「緘黙」症という用語が採用され、定着するに至ったかです。

■ 「緘」という字は何なのか

まず、緘黙の「緘」という字が気になります。

「糸」偏に「咸」ですが、『新漢語林』によると、「咸」は「尽きるの意味」だそうで、「箱に物を入れ終わってかける、とじなわの意味を表す」のだそうです。こういう成り立ちを背景に、「封をする」とか「口をふさぐ。黙る」などの意味になったようです。熟語として、「封緘」「緘口令」などがあります。

■ 普通名詞「緘黙」の古い使用例

場面緘黙症とは別に、まず普通名詞としての「緘黙」の古い使用例を調べてみました。

『字通』という漢和辞典によると、『宋書』范泰伝に緘黙という言葉が登場するそうです。『宋書』は、西暦488年に成立した中国の正史です。

『宋書』というと、私などは『宋書』倭国伝に出てくる、有名な倭王武(=雄略天皇=ワカタケル大王?)の上表文を思い出します。「東は毛人を征すること五十五国、西は衆夷を服すること六十六国、渡りて海北を平らぐること九十五国」云々というものです。ワカタケル大王と見られる名は、現存する日本最古級の文章記録である江田船山古墳の大刀や稲荷山古墳の鉄剣の銘文に刻まれていますが、この頃には既に、緘黙という言葉の使用例が今の中国であったということになります。聖徳太子が生まれる100年ほど前の時代です。

↓ 『宋書』范泰伝より。旧字体は新字体に改めています(以下同じ)。
「深根固帯の術、未だ愚心にあまね*からず。是を用って狂猖妄作して緘黙すること能はざる者なり」
*「あまね」は、「にすい」に合。

* * * * * * * * * *

日本での古い使用例を調べてみると、1348年頃に成立した『天柱集』に、緘黙という言葉の使用例があるそうで、どうやらこれが確認できる最古の例らしいです(『精選版日本国語大辞典』)。『天柱集』は、竺仁梵僊(じくせんぼんせん)という明の高僧が、鎌倉で著した詩集です。

↓ 『天柱集』より。書き下し文になってなくてスミマセン。
「酬無用首座并序『袖手且緘黙、独足卓立万ジン*崖』」
*ジンは、人偏に刀の旧字。

近代に入ると、1872年(明治5年)刊行の中村正直訳『自由之理』(J.S.ミル の On Liberty の訳。今でいう『自由論』)で、この言葉が使用されたそうです(精選版日本国語大辞典』)。この本はかなり出回ったらしいです。

↓ 『自由之理』より。
「意見相ひ触激するは、<略>安静緘黙するに愈こと万々なり」

また、国立国会図書館ウェブサイト内「近代デジタルライブラリー」で調べてみたところ、石塚正治編『新島先生言行録』(福音社、1891年)、上野雄図馬著『人物と文学』(内田老鶴圃、1894年)、志村作太郎、岩崎英重著『消閑漫録』(興雲閣、1898年)に、緘黙という言葉が登場します。余談ですが、新島先生とは新島襄のことでしょう。さらに、青空文庫で調べてみたところ、泉鏡花の『義血侠血』(1894年)にも使用例があります。少なくとも19世紀中、明治の頃には、緘黙という言葉は出版物で広く見られたようです。

■ どういう経緯で場面「緘黙」症という用語が

学校など特定の場面で話をしないことを「緘黙」と呼んだ最初の例は、今のところ私が確認した限り、1940年(昭和15年)の、ジルベール・ロバン著、吉倉範光訳『異常児』、白水社、1940年が最初です。この本は、フランスの書物を翻訳したものです。なぜ緘黙という難しい訳語にしたのかは分かりません。

↓ 『異常児』より372ページ。
「物言はぬ子供を研究するに方つては、先づ生来口をきかぬもの-唖である-と、以前は物を言つたのに、言ふのを欲せぬか、口がきけなくなつたのかして、黙つてしまつたものとを区別しなくてはならぬ。後者の場合を緘黙といふ」

↓ 『異常児』より378ページ。
「わたしの同僚がある日、十歳の児童を恐らく緘黙症であらうからと廻してきた。成程、訊いても答へない。幾度か尋ねても、たまに単語を答へる位である。家庭では口をきくし、両親の話によると、可成りに陽気であるらしい。学校でも友達とは口をきく、それもたつた一人の友達とだけである」

私が発見した次の使用例は、高木四郎氏が『児童心理と精神衛生』という雑誌の第1巻、第5号、1951年3月に寄稿した「口をきかない子供-事例研究その2」です。これは私が確認した限り、日本最古の場面緘黙症研究です。高木氏自身、日本で緘黙を取り上げたのは自分が最初ではないかと『児童精神医学各論』で書いていたのではないかと思うのですが、手元に本がなく、確認できません。

↓ 『児童心理と精神衛生』より332ページ。
「家庭では口をきいているのに、学校や人前では口をきかない子供というものは意外に多いものである。筆者は最近三ヵ所の小学校で、児童の呈する精神衛生上の問題について調査を行つたが、緘黙児、即ち口をきかない子供の数は第一表の如くであつた」

なお、「口をきかない子供」の翌年に中脩三編『異常児』(医学書院)という本が出て、この中で高木氏の研究「問題児の発生原因論」も掲載されているのですが(15-16ページ)、これによると高木氏はロバンの『異常児』を読んだことがことがあるようです。といっても、原書を読んだのか翻訳書を読んだのかは不明ですが、もしかすると高木氏は、ロバン『異常児』の翻訳書にならって、緘黙という言葉を用いたのかもしれません。

これ以降、国内で、学校など特定の場面で話をしない子を対象とした研究が少しずつ出てくるのですが、そのほとんどが「緘黙」という用語を採用しています。やはり、先行研究は緘黙と呼んでいるし、わざわざ変える必要もなさそうだから自分も緘黙という用語を採用しようということにでもなったのでしょうか。このようにして50年代、60年代…と経て、今日にまで至っています。