[緘黙] 大学の先生と仲良く?なる [ストーリー]

2012年09月04日(火曜日)

このブログでは、私の来し方を振り返り、連載形式で書き続けています。今回は大学生編の第6回です。通算第88話をお届けします。

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大学1年の後半になっても、私は相変わらず、一人で勉強ばかりしていました。大学への登下校も一人、休み時間や食事時も空き教室で一人、講義が終わった後も一人でした。

大学に入って間もない頃は、いつも一人でいる私を気にかけてくれる学生がいたのですが、彼もそのうち声をかけないようになってしまいました。例外はCさんぐらいで、「乗数効果のところが分からないから、教えて」などと、何かと私に話しかけてきていました。Cさんに対しては、私の方から声をかけることはなかったのですが、何か聞かれたら小声で簡単に答えるようにはしていました(この頃の私の緘黙?は、その程度まで改善していました)。

こうした私でしたが、講義をいつも最前列で聴いていたことから、少しずつ人とのつながりができていきました。

■ 最前列聴講について

私が通っていた大学・学部では、講義室では原則どの席に座ってもよいことになっていました。私はできるだけ最前列の席、特に最前列の真ん中の席に座るように心がけていました。引っ込み思案の私にとっては勇気のいることでしたが、実践していました。

なぜかというと、第一に、私はこの学部を首席で出ることを目標にしていたからです(壮大な目標だ……)。最前列の席だと先生のすぐ前なので集中できますし、周囲には向学心旺盛な学生が集まる傾向があるので、講義に集中できます。第二に、私は人が怖かったのですが、それを変えたかったからです。先生の視線のすぐそばに敢えて座って、慣れようということです。

これ以後、私は大学卒業後も、なにかと最前列の席を選ぶ習慣がつきました。昔の私は引っ込み思案だったのに、考えられないことです。

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■ 先生と仲良く?なる

これにより、わりと多くの先生に積極的に声をかけられたり、場合によっては顔や名前まで覚えていただけるようになりました。私の方から先生に働きかけることは少なかったのですが、最前列聴講の効果と言えます。

こうした例の一部をお話しします。

○ マルクス経済学のM先生

マルクス経済学のM先生は、最前列で講義を聴いていたということに加えて、通学途中にお会いするというご縁で、ときどき私に声を掛けてくださいました。

ある時、講義室でたまたま二人きりになったときなどは、大学で友人を作ることの重要性を説かれたことがあります。なにしろこの大学・学部にはクラスが無く、さらに大学・学部側は学生を大人扱いしてお節介はしないものだったのですが、このようなご縁でこうした経験をしました。

○ 計量経済学のK先生

もう少し後の学年になったときの話ですが、計量経済学という講義をとったことがあります。数学が満載で、最終的に試験を受けたのは十数人という超不人気講義だったのですが、私はこの講義にも最前列で聴講を続けました。少人数の講義で最前列で聴いていたわけですから、自然と、名前と顔を覚えられるようになりました。

計量経済学の全ての講義を聴き終え、試験にも合格し、次の学期に入ったとき、K先生から思わぬ話をいただいたことがあります。「富条君、学部のパンフレットの写真撮るんだけど、モデル(の一人)になってくれない?」いくら私が自他ともに認めるジャニーズ系の超絶スーパーイケメンでも、それは恥ずかしいです。結局この話はうやむやになったのですが、これも最前列聴講の効果でした。

■ 最前列で聴いている学生

それにしても、最前列で聴講する学生には、意識が高い学生が多いです。いや、私のことではありません。

ある大阪弁の学生は、講義後、日本も北欧型福祉国家を目指すべきだと主張するあるマルクス経済学の先生に、軽い論争を挑んでいました。ある眼鏡の学生は、やはり講義終了後、先生に価値論や「水とダイヤモンドのパラドックス」など、まだ講義で習っていないことについて深い質問をしていて、周囲を驚かせていました。

この2人は、特にこの経済学部の中でも目立って優秀そうな学生でした。特に、学生に発言の機会が多く与えられたミクロ経済学の講義では、この2人が講義中の発言をほぼ独占していました。単に勉強ができるというだけでなく、社交的で人望もあり、それはそれは優秀そうでした。2人はお互いに友人同士のようですが、類は何とやらという言葉を思い起こさせます。

私も大学の勉強に努力を傾注していましたが、こうした人たちにはとてもかなわないと常々感じていました。もちろん、私の方からこうした学生に話しかけることはなく(そもそも、そうしたことが著しく苦手)、離れたところから眺めるばかりでした。

ところがある日のことです。講義終了後、私は鉛筆を落としてしまったところ、例の大阪弁の学生が「落ちてるよ」と拾ってくれたのでした。

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◇ [緘黙]大阪弁の学生[ストーリー]