[緘黙] 緘黙が治った?自動車教習所に通う! [ストーリー]

2013年02月05日(火曜日)

このブログでは、私の来し方を振り返り、連載形式で書き続けています。今回は大学生編の第10回です。通算第92話をお届けします。

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■ 自動車教習所へ

大学2年の夏休み、私はようやく自動車教習所に通い始めました。普通自動車第一種免許を取得するためです。周囲の学生は、大学1年の夏休みに免許取得に行く人が多かったのですが、私は人の多く集まる場に新たに入ることに苦手意識を持っていて、それまで通学を渋っていたのでした。

教習生は私と同い年ぐらいの、知らない若者がほとんどを占めていました。ですが、中には、中学や高校時代の同級生がわずかにいて、私に声を掛けてくれる人もいました。県外の大学に通っても、夏休みには帰省して、地元の自動車教習所に通うという人たちでした。こうした環境で、私は大学のキャンパスと同様、口数の少ない若者になっていました。ですが、この場でも緘黙?を克服しようと張り切り、発話ができそうな場面では小声ながら一生懸命声を出していました。

教習は、座学の「学科教習」と、運転の練習をする「技能教習」の大きく2つからなっていました。学科教習は、大学や高校までの授業と同じように、特定の教室で、1人の指導員が多数の教習生を対象に講習をするというのが主なものだったと思います。一方、技能教習は、指導員が教習生と1人ずつ教習所の車に乗り、マンツーマンの指導をするというものが基本でした。

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問題は技能教習でした。私は運転が下手で、毎回のように指導員の雷を浴びていました。私からすると、この自動車学校の指導員は鬼教官が多いように思われたのですが、中には妙に優しい言葉をかける指導員もいて、かえって不気味に感じることもありました。その言葉のうち、印象に残ったものがあります。

○ 「そんなに緊張しなくてもいいよ」

私はごく普通に運転席に座っただけなのですが。私にとっての「普通」は、世間一般の人から見れば異常に緊張しているように見えたということなのでしょうか。

○ 「君のような若者が、よくぞ頑張って教習所に通うことを決心したと思うよ」

別の指導員の言葉です。いったい、どういう意味なのでしょうか。

どちらの言葉も、私の場面緘黙症?が、指導員にこのような発言をさせたものと思えてなりません。

このように、教習所では色々とあったのですが、結局夏休み中に免許を取得することに成功しました。なにしろ私は公共交通機関が発達していない地方に住んでいたので、自動車の運転ができるようになって、行動範囲が大きく広がることになります。

■ 緘黙?が治ったのか

さて、私の場面緘黙症?は、おそらくこの頃あたりに治ったのではないかと私は考えています。

緘黙?がいつ治ったかの線引きは、私の場合、難しいです。転校などをきっかけに、ある日突然家庭と同じように饒舌になったというようなものではなく、少しずつ声が出るようになったためです。

だいたい、この緘黙ストーリで書いてきた私の緘黙?は、医師が診断基準に基づいて行った「選択性緘黙」ではなく、私が明確な基準もなく勝手にこう呼んでいるもので、そもそもがいい加減なものなのです。

こういう次第で、治った時期を特定することはできないのですが、だいたいこの自動車教習所に通っていた前後の時期には、小声とはいえ自分から自発的に少しは話ができるようになっていたので、とりあえずこのあたりの時期に治ったことにしておこうというぐらいのことを考えています。

とはいえ、相変わらず私は寡黙で引っ込み思案で、私ほどの若者は、なかなか周囲にはいませんでした。教習所でも、お話しした通り「そんなに緊張しなくてもいいよ」「君のような若者が、よくぞ頑張って教習所に通うことを決心したと思うよ」と言われたほどで、第三者から見ても、まだまだ変わった若者だったようです。(つづく)

※ 近いうちに、これまでの緘黙ストーリーを振り返り、私が話せるようになった経緯や原因を探ろうと思います。

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◇ [緘黙ストーリー]なぜ私は緘黙が治ったのか[特別編]

◇ [続・緘黙]プロゼミ始まる[ストーリー]