[緘黙ストーリー] なぜ私は緘黙が治ったのか [特別編]

2013年02月19日(火曜日)

これまで「緘黙ストーリー」と題し、92回にわたって自分の来し方を振り返ってきましたが、これには一つの目的がありました。それは、話せるようになった経緯を整理することにより、自分の緘黙?が治った原因を探る手がかりを得ることでした(「自分でも、どうして緘黙が治ったのか分からない」参照)。

前回でとりあえず緘黙?が治ったような気がするので、ここでこれまでの話を振り返り、なぜ話せるようになったのかを考えてみたいと思います。

■ 緘黙?になった期間

小学4年の4月末~大学2年の夏休み頃。この期間およそ10年です。

■ 克服の経過

年々、少しずつ話せるようになりました。

■ 周囲からのサポートの有無

専門機関にかかったことはありませんでした。また、親も私の緘黙?にはこれといった対策をしてはいませんでした(それどころか、問題を認識していなかったと見えます)。

学校の教師もどこまで私の問題を認識していたか分かりませんが、私がクラスで孤立しないよう特別な配慮をいただきました。クラスメイトとコミュニケーションをとりやすい環境や、安心できる教室環境を整えることは、緘黙の克服に役立ったことだろうと思います。これにより、私は学校で完全に孤立することはなく、多くは非言語ではあるもののクラスメイトと多少のコミュニケーションをとることができるようになりました。また、発話を強要するなど、逆効果になるような指導はほとんどありませんでした。

クラスメイトからは多少のいじめがあったものの、症状を悪化させるようなことはあまりされませんでした。中には、積極的に声をかけてくれる好意的なクラスメイトもいました。

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■ 私自身が克服のために取り組んだこと

そもそも私は場面緘黙症を知らず、克服の方法も皆目見当がつきませんでした。例えば、スポーツを頑張って根性をつけようとしたり、自己啓発の本を読んだりすることによって性格を変えようとしたりするなど、見当違いのことをすることも多かったです。

ですが、緘黙?がひどい頃であっても、学校の指導によりごく小声であいさつをしたり、授業で本を読んだりすることならなんとかできないことはなく、そうしたことを緘黙?の克服を特に意識せずに繰り返していました。これにより、非常にゆっくりではありますが、少しずつ大きな声を出せるようになっていったのかもしれないと思います。

大学に入るようになるとある程度声が出るようになります。この段階になると、緘黙?克服を目標に、自発的に声を出して人とコミュニケーションを図ろうと試みることがようやくできるようになり出します。

ただし、緘黙?を克服しようと考えずに、むしろ話せないのは自分の個性として受け入れるべきと考えた時期もあります。話せない期間があまりに長かったため、もしかすると自分は生涯にわたってまともに人と話ができないのではないかと思えたからでした。

■ 結び

緘黙?が治った明確なきっかけがあったわけではありませんが、なんだかよく分からないうちに少しずつ話せるようになったといったところです。

緘黙?の克服にプラスに働いたと思われる要因としては、学校側の環境作りやクラスメイトの対応、挨拶や本読みなどの簡単な発話を伴う学校側の一般的な指導が挙げられます。

ところで、今回の記事を書いていた最中、「なぜ私は緘黙が治ったのか」だけでなく「なぜ私の緘黙は長期化したのか」も書きたくなってきました。緘黙?克服にプラスに働いた要因だけでなく、マイナスに働いた要因も振り返ると、より立体的に考えることができるのではないかと考えたからです。気が向いたら書くかもしれません。

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