場面緘黙症の自己診断について

2013年04月03日(水曜日)

場面緘黙症の自己診断についてコメントをいただくことが増えてきました。そこで、自己診断について少し思うところを書いてみたいと思います。まとまりのない雑多な内容で、大変恐縮ですが。

■ 「自己診断」は矛盾語

場面緘黙症の自己診断とは、米国精神医学会による DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)や世界保健機関による ICD(International Classification of Diseases)などの標準的な診断基準をもとに、本人が現在あるいは過去に緘黙だったかどうか判断することだろうと考えています。

かつて学校などで発話ができなかったものの、専門家による診断を受けたことがない(あるいはその認識がない)人がインターネット上で診断基準を見つけ、「昔の自分にぴったり!自分は緘黙だったに違いない」と判断するといった場合が典型例でしょう。

自己診断という表現には、本来専門家のみにしかできない診断を、自分が無手勝流に「診断」しているにすぎないという含意があります。「公然の秘密」のようなもので、自己診断という言葉は矛盾語、撞着語に近いでしょう。

■ ネット上でよく見かける自己診断

ネット上では緘黙を自己診断しているという人を少なからず見かけます。たしか、私がこのサイトを立ち上げるずっと前よりそうした人はいたと思います。他の精神疾患ではこのように自己診断者が多いのかどうかよく分かりません。

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■ 専門家に対する不信感が背景の一つ?

「たくさんの緘黙児がいかに誤った診断を受けているかまざまざと思い知らされた」(弥生桜, 2005年11月12日)

「医師の診察を受けたとしても、その医師が緘黙についてあまり知識がない場合など、アスペルガー症候群などと誤診されることもあると聞きます」(北野慶, 2013, あとがき, 第3段落)

緘黙については、インターネット上を中心に、専門家に対する不信感を持つ人が以前より存在していました。つまり、専門家は必ずしも緘黙を理解していないのではないかというのです。診断を受けていないにもかかわらず自らを緘黙(だった)と主張する人が多い一つ背景は、ここにあるのかもしれないと思います。

■ 標準的な診断基準がなかった時代に話せなかった人

◇ DSM に緘黙の診断基準が登場したのは1980年、ICD は1994年

緘黙の標準的な診断基準が登場したのはいつか調べてみたのですが、米国精神医学会のマニュアルでは1980年の DSM III でした。世界保健機関の分類では ICD-10 からで、ICD-10 が使用されるようになったのは、1994年からです。それ以前は、緘黙の標準的な診断基準がなかった時代だろうと思います。

現在40歳(1973年生まれ)の方が7歳の頃に DSM III に緘黙の診断基準が示され、21歳の頃に ICD の診断基準が使用されるようになった計算になります。

◇ 日本ではいつから?

日本でこうした診断基準に基づき緘黙の診断がなされるようになった時期はいつか、私には分かりません。

◇ 緘黙関係の論文で DSM や ICD に言及されるようになるのは2000年代以降

気になるのは、つい最近まで、日本の緘黙関係の研究で DSM や ICD の診断基準に言及したものを見たことがないことです。

80年代以降の日本の緘黙関係の論文(主に事例研究)や書籍数十件を私が調べた限り、研究の対象となった緘黙児が上記のような診断基準を満たしていることが明示された研究が発表されるのは2000年代に入ってからであり、それ以前の研究では、診断基準に言及したものすら見たことがありません。

有名な『場面緘黙児の心理と指導―担任と父母の協力のために』(89年執筆ほぼ完了、94年出版)にも、200ページ以上にわたるページ数の中、診断基準に関する言及はやはり全くありません(河井ら, 1994)。もっとも、『心理と指導』は、医家ではなく教育家の視点で書かれており、このため診断基準については触れなかったのかもしれません。

1987年に発表された「選択緘黙の社会適応に関する研究」では診断基準が明示されているものの、それは「私たちの次に述べる診断基準」であり、標準的な診断基準ではありません(南ら, 1987)。

それにしても、2000年代に入るまでは日本では緘黙の診断基準は顧みられなかったのか、それとも、診断基準を満たすことは暗黙の了解なので研究の中では言及されなかったのか、このあたりのところは私には分かりません。

◇ ある程度の年齢層の方は診断をどう受けた?

いずれにせよ、標準的な診断基準が確立し、使用される以前に緘黙を経験したある程度の年齢層の方は、緘黙の診断を受けたのだろうか、もし受けたのだとしたらどのような診断基準によるものだったのだろうかと思います。よく、大人になって自分が緘黙だったかもしれないと自己診断したという方がいらっしゃいますが、それにはこうした背景もあるのかもしれません。


自己診断についての話は、またするつもりです。

[文献]

◇ 弥生桜(2005年11月12日)「やっぱり精神科医は場面緘黙症を知らない」『ほんとうは暖かい光が好き~場面緘黙症との闘い』http://preciousshine.at.webry.info/200511/article_6.html 最終アクセス2013年4月3日。

弥生桜氏は後に「かんもくの会」を設立、代表になられました。

◇ 北野慶(2013)『あなたの隣の話さない人-緘黙(かんもく)って何?』[Kindle版]Amazon.co.jp。

上記は2013年に出版されたKindle本ですが、ウェブ版は2009年には公開されていました。著者の北野氏自身、緘黙の自己診断者であり、また取材のためにインタビューを行った5人の緘黙経験者も、「みな自己診断というか、偶然の機会に緘黙という言葉を知るようになった人たちばかり」(あとがきより)だったそうです。

◇ 河井芳文、河井英子(1994)『場面緘黙児の心理と指導―担任と父母の協力のために』田研出版。

◇ 南陽子、門慎一郎、西尾博、大塚隆治、梁川恵、奥田里美、片岡朗(1987)「選択緘黙の社会適応に関する研究」『安田生命社会事業団研究助成論文集』23(1)、109-129。