元場面緘黙児・富氏の両親

2006年05月27日(土曜日)

もはや私に、場面緘黙症だった頃の面影はほとんどありません。

先日、ひきこもりデイケアに参加して、そう思いました。だって私、初めてお会いしたメンバーの方に、自分から声を掛け、会話をしていたのですから。むしろ、相手の方が緊張して無口になっていましたよ。

そういえば、こんなこともありました。新しく参加することになった心理カウンセラーの方が、何やら非常に緊張していらっしゃる様子だったので、私が積極的に話しかけたりして、あれこれと気を配ったのです。ええ。元場面緘黙児が、心理カウンセラーの緊張を解いていたわけです。

学校に通っていた頃の私なら、全く想像もできないことです。当時の私は、一生まともに人と話すことなどできないだろうと思い込んでいましたから。

こんな私・富氏(とみし)ですが、いったいどういう経緯で緘黙が治っていったのでしょうか。自分の過去の経験を振り返ってみましょう…ということを、以前、「自分でも、どうして緘黙が治ったのか分からない」 の中で予告しました。

今日はまず、私のお話をする前に、私を育てた両親について触れておきたいと思います。

* * * * * * * * * *

■ 私の父

父のことは、よく知りません。仕事で忙しく家を留守にすることが多かった上、私が9歳のときに癌で入院し、10歳のときにそのまま亡くなりましたから。

父が子供の頃に緘黙だったかどうかだとか、緊張しがちな性格だったかどうかなどといった話は聞いたことがありません。父の若い頃のことを親戚や母に聞くと、決まって学業優秀・スポーツマンといった神童ぶりの話になるので、どういう性格だったかとまではなかなか聞くことができません。

ただ、父方の血筋には、外交的で人付き合いを特に苦にしないタイプが多いように思います。

■ 私の母

私の母は家では伸び伸びしていますが、会社に出ると大人しくなってしまうそうです。ですが、場面緘黙ではないようで、カラオケでは自慢の美声を披露し、会社の同僚から褒められていると聞きます。非常に真面目ですが、どこか神経質なところがある母です。

こうなると、母が場面緘黙児だったかどうかが気になるところですが、母に子供の頃の話を聞くと、「ミス6-3」に選ばれたとか、よくできる子だったので先生に可愛がられたとか、自慢話ばかりで嫌になります。学校で大人しかったかとか全く話せなかったかとかいう話にはなりません。

ただ、私は、母は場面緘黙児ではなかったのではないかと思うのです。なぜならば、母の小学校低学年ごろの写真を見せてもらったことがあるのですが、そこには友達と一緒に笑う母の顔が写っていたからです。場面緘黙児は学校で笑うことは難しいですし、友達もできにくいでしょう。

母方の実家には、無口で人付き合いが苦手なタイプの人が多いと聞きます。そして、私はこの母方の血筋をよく受け継いだものとよく周囲から言われます。性格だけでなく、顔や声まで、母方似ですって!


両親の話はこのぐらいにして、次は、私の生い立ちの話になります。気が向いたときにお話したいと思います。

(つづく)

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(しばらく更新をさぼっていたら、順位が大幅に下がってしまいました)