[続・緘黙] ひきこもりデイケアで変わる [ストーリー]

2013年11月02日(土曜日)

アイキャッチ画像。緑の道を歩く青年。モデル:Tsuyoshi.写真素材サイトPAKUTASOより。
このブログでは、私の来し方を振り返り、連載形式で書き続けています。通算第99話をお届けします。最終回間近です!

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「自分は場面緘黙症だったに違いない!」

インターネットで緘黙のことを知り、こう確信した私でしたが、ではどうすれば現在のひどい引っ込み思案を克服できるかは分かりませんでした。ひきこもっていた私ですが、その大きな原因である極度の引っ込み思案の克服は課題でした。

緘黙サイトの掲示板にお邪魔したり、個人のウェブサイトを運営したりといったことをしばらく続けていましたが、そのうち緘黙のことを考えないようにすることにしました。あまり緘黙にとらわれると、かえって今の自分の緘黙?経験から自由になれないような気がしたからです。

ひきこもりデイケア


そうして、どうすればひきこもりを克服できるかに考えを移したところ、地元の某所がひきこもりの支援を行っていることをインターネットで知りました。

まずは電話で相談をしてみようかと思ったのですが、私のことです。知らないところに電話などできるわけもありません。ですが、当時の私は相当思い詰めていたためか、決死の覚悟で(大袈裟かもしれませんが、私にとって電話とはそういうものでした)電話をかけました。電話の最中、受話器を持つ手も声も震えていましたが、なんとかお話をすることができました。この後、施設職員と面接をすることになりました。
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面接した職員は、電話の時に出た方で、私と同じぐらいの年齢の女性職員でした。面接が始まる前は大変緊張しましたが、問題なく面接を終えました。この後、デイケアへの見学を経て、ご希望であれば参加してくださいとのことでした。

ひきこもりデイケアに見学


こうした経緯を経て、後日、デイケアに見学というかたちで初参加しました。デイケアにはひきこもり当事者が何人も参加していたのですが、みな見学者の私を見て見ぬふりして、自分達だけで話をしていました。私が何も知らずに偶然座った場所も最悪で、実はここは当事者がいつも座っている席から離れた場所だったのでした。同席していた職員が私にフォローしてくださったのですが、結局、デイケアの時間はそれで終わってしまいました。

同じデイケアに参加していたひきこもり当事者たちは、最後まで私を見て見ぬふりでした。みな初対面の人が苦手なのか、それとも私がイケメンすぎて近寄りがたいとでも感じていたのか。もっとも、私の方も最初の挨拶以外は当事者とは全く話をしなかったのも事実です。なんとか自分から声をかけようと考えた私はデイケア終了直後、デイケア室に備えられていたパソコンの使い方で戸惑っていたある男性当事者を見つけ、「大丈夫ですか?」と一言声をかけました。私にとって、こういうのは得意なことではもちろんありませんでした。その男性は、小さな声で「あ……大丈夫です」と返してくれました。

デイケア見学はこのような次第で、決して感触はよくありませんでしたが、1回参加しただけで判断もできませんので、次回も参加する意思を職員に伝えて、帰宅しました。

その後のデイケアで大きく変わる


ですが、その後のデイケアで、私は大きく変わっていきました。

最初にパソコンの件で声をかけた男性は、実は私と共通点がかなりあることが分かり、親しくなっていきました。彼には自分から声をかけてメールアドレスの交換をしたのですが、こうしたことは初めてでした。他の当事者や、新しく参加した当事者とも積極的に交流をすることができました。そのうち、デイケアがない日でも、個人的に会い、当事者たちとコミュニケーションをとるようになりました。このようなコミュニケーションは当時の私なりにうまくいき、こうした経験を積み重ねることにより、自信に繋がっていきました。

特に大きな自信に繋がったのは、デイケアの日、とある事情で私とある初対面の女性当事者の2人だけでデイケア室に2時間ほど残ったことがあったことがあったのですが、その当事者と全く話題が途切れることなく、楽しくおしゃべりができたことです。2時間という長時間に二人きりで、しかも相手が初対面で異性というのが大きかったです。かつて私は学校で一言小声で何かを言うだけでも大変だったのですが、それを思うと信じられない変化で、「よくぞここまで来たものだ」と感慨深かったです。

このような急な変化には、自分でも驚いていました。私が変わることができた大きな理由の一つは、おそらく、デイケアが安心して過ごせる環境だったからだと思います。私は昔から周囲の評価に非常に敏感で、このためいい子でいようと素の自分を出せずにびくびくしてばかりいたのですが、ここで思いきって好きなようにやってみて、それを受け止めてもらえたことが大きかったのだろうと思います。もちろん、引っ込み思案や緘黙?が小学校の頃に比べれば少しずつよくなっていったという長年の積み重ねがあってのこととも思います。


こうしてデイケアに通い続け、コミュニケーション面で私なりに成功体験を積み重ねていったのですが、そのうち行き詰まりを感じるようになりました。(続く)

※ 2006年から長らくご愛顧をいただいた緘黙ストーリーは、いよいよ次回完結です。さあ、どういう最終回になるのでしょうか。

1 ひきこもりを脱する
2 場面緘黙症Journal を開設する
3 東京セントラル証券へ出向

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◇ [緘黙ストーリー] 緘黙ストーリーを始める [最終回]