[緘黙ストーリー] 緘黙ストーリーを始める [最終回]

2013年12月21日(土曜日)

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このブログでは、私の来し方を振り返り、連載形式で書き続けています。今回が最終回です。通算第100話をお届けします。

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ブログ「ニートひきこもりJournal」の開設


ひきこもりデイケアに通い続け、コミュニケーション面で私なりに成功体験を積み重ねていったのですが、そのうち行き詰まりを感じるようになりました。これをきっかけに今までと違う新しいことを始めようとあれこれ試み出すのですが、その一つが新しいブログの立ち上げでした。

それまでにも私はウェブサイトやブログをいくつか持っていたのですが、シャイな私はいずれも大っぴらな公開は控えていました。今回はもっと広く公開して広告収入も得ようと考え、ブログ「ニートひきこもりJournal」(NHJ)を開設しました。

このとき、私は緘黙のことを思い出しました。どうせ広く公開するブログなら緘黙のことも書いて、より多くの人に緘黙を知ってもらいたいと思い、最初の記事でこう書きました。

「このブログを通じて緘黙症(かんもくしょう)という情緒障害についても折に触れて扱い、その認知度の向上に努めたいと思っています」

「場面緘黙症Journal」の独立


そうして週1回、土曜日にNHJ で緘黙に関する記事を書くことにしたのですが、存外に多くのコメントをいただくようになりました。ただ、緘黙についての記事のみ、コメントをくださる方の層が他の記事とは違いました。このことから、緘黙コンテンツのみ独立しようと考え、NHJ を立ち上げて2か月後、「場面緘黙症Journal」(SMJ)を新たに始めることにしました。

それまで NHJ に投稿していた緘黙関係の記事 10エントリーを SMJ に移転、さらに同日、SMJ初のオリジナル記事「これまでにアップした記事の一覧」と「最新!2005年8月発売の緘黙本」を公開しました。しかし、その直後パソコンの故障に見舞われ、およそ1か月間のブログ更新停止を余儀なくされました。幸先の悪いスタートでしたが、パソコン復帰後は精力的に更新を続けました。
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緘黙ストーリー


SMJ を初めてから5か月後、「自分でも、どうして緘黙が治ったのか分からない」という記事を公開しました。これは、自分でも緘黙?が治った理由が分からないので、とりあえず、自分の緘黙?経験をブログに公開して、自分の緘黙?が治った経緯を整理してみようという趣旨の内容でした。これには、NHJ 時代から相互リンクをしてくださったブログ「緘黙の話」さんなど、当時から個人の緘黙経験をネット上で発信する動きがあって、その影響でもありました。

およそ2週間後、「元場面緘黙児・富氏の両親」を公開し、その5日後に公開した「元場面緘黙児・富氏の両親」をもって、私の緘黙ストーリーの第1話としました。





それから7年半の月日が流れました。気が付くと、今でもパソコンに向かって「続・緘黙ストーリー」を書いている私がいます。およそ月1回ペースで連載してきた「緘黙ストーリー」「続・緘黙ストーリー」は、今回で100話にのぼります。予想外のロングラン連載に、自分でも驚いています。

ですが、ただ長ければよいというものでもありません。自分の緘黙?が治るまでの経緯はすでに整理済みで、緘黙ストーリーの目的は既に果たしています。これ以上の冗長は避けたいので、きりがいい今回の第100話をもって、ストーリーを締めくくりたいと思います。

思えば、私が学校で話せなくなったのは、小学4年生の時に経験した2度にわたる転校がきっかけでした。これにより、緘黙?やその後遺症に少なくとも10年は悩み続けることになりました。あの転校さえなければという思いは今でもないではありません。ですが、引越し・転校は大人の事情により決まったもので、どうしようもありませんでした。

私は学校で話せなくなる前より、始語が遅かったり(3歳でようやく声を出した)、幼稚園(一年制、5歳で入園)では著しい不適応を起こしたりしていました。また、幼稚園は笑わない子だったとか、小さい頃(学校で話せなくなる前)から大人から「大人しい子やね~」とよく言われていたとか、緘黙ストーリーを連載していたこの7年半に新たな事実が明らかになっています。もしかすると私は、学校で話せなくなる素因のようなものを、もともと持っていたのかもしれません。そこに、大人の都合による転校が直接のきっかけになったわけで、こうなると、学校で話せなくなったのは抗いようのない運命のようなものとして受け入れるしかないのでしょう。

これまでのストーリーは、私の来し方を、特に緘黙という視点でまとめてきたものです。このため、緘黙とは無関係の出来事はカットすることが多かったです。また、ウェブ上で一般公開するということを考慮して、実際の内容を一部変えて公開したり、公開そのものを控えたりもしてきました。

私の筆致が及ばず、ストーリー全体にまとまりがなかったり、伏線のようなものを張っておきながらそのままにしたりと、そうしたことも少なからずありました。自慢話をしてしまったり(大して自慢できる経験もないのですが)、自己陶酔に陥ってしまったりと、お見苦しい点を挙げれば枚挙に暇がなかったろうと思います。

こうした取るに足らないストーリーでしたが、7年半・100話にもわたって読んでくださり、本当にありがとうございました。コメントと拍手をたくさんいただきましたが、もし皆様の反応が芳しくなければ、ストーリーは打ち切りにしていたかもしれません。

連載としての「緘黙ストーリー」「続・緘黙ストーリー」は今回で完結ですが、書き漏らしたことを思い出せば、また別の機会にブログでまとめたいと思います。それでは、よいお年をお過ごしください。(完)

※ ブログを止めるわけではありません。