小学校入学早々、学校不適応に!

2006年06月15日(木曜日)

大河ドラマ・私の緘黙ストーリーです。前回は幼稚園入園の話でした。

幼稚園を1年で卒園した私は、そのまま近所の公立小学校に入学します。

この頃になると、外でおもらしする悪い癖もすっかり治っていました(ただ、寝るときには「おむつ」は欠かせませんでした…)。また、小学校には幼稚園時代の知り合いがたくさんいたので、対人関係での不安は少しはやわらぎました。団地の子たちとも仲良くやっていけるようになりました。

この小学校では緘黙にはならなかったのですが、入学早々、学校不適応になってしまいました。

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小学校に入ると、幼稚園の頃とは全く違う問題が出てきます。成績で評価されるのです。

■ 運動神経ゼロ!

幼稚園の頃から、自分は運動神経がないのではないかと薄々感じてはいたのですが、小学校1年の体育の授業というものを受けてみて、ここまでひどいとはと、大いに落ち込みました。

体育では何をやっても、私はクラスの後ろから2番目だったのです。小学校の体育は男女合同ですから、女子にさえ完敗していたのです。(>_<)

ちなみに、私のクラスにはU君という、何か障害(障碍)を持っている子がいて、彼がいつも最下位でした。これは仕方ありません。それに続く万年ブービー賞が私だったというわけです。

■ いじめの標的に…

小学校では、スポーツができない男の子というのは致命的です。男の子の間にはクラスメイトの序列のようなものが暗黙の内にあるのですが、トップに来るのはたいがいスポーツが一番できる子です。逆に、スポーツができないもやしっ子は軽くあしらわれる傾向があり、いじめの標的にもされやすいです。

私はその例外ではなく、クラスではいじめの標的にされました。女子よりもへなちょこだったせいか、女子からもいじめられました。

■ 想像を絶するほどの頭の悪さ

スポーツができなくても勉強ができれば、クラスから一目置かれることもあります。しかし、私はその勉強すらどうしようもなくダメでした。救いようがありません。

私は、算数の授業で足し算を教わったときの屈辱を今でも忘れることができません。

入学後まもない小学校1年生でも、「1+1=2」ぐらいは、ほとんど誰だって分かります。しかし、「2+3=5」ぐらいになると、難解です。みんな指を使って、一生懸命考えるわけです。しかし、いつまでも指を使って計算をしているようではいけません。

2+3=5
2+3=5(見よ!私の美しい指を!)

当時担任のA先生は、「クラスのみんなが指を使わずに足し算ができるようにする。それまでは絶対に引き算は教えない」と繰り返しおっしゃっていました。自分のクラスでは落ちこぼれは絶対作らないという、非常に強い信念を持った先生でした。

そういうわけで、A先生は足し算が苦手と訴える子どもには懇切丁寧に分かるまで教えていました。特に、障害を持っていて理解力に困難を抱えるU君には、マンツーマンで非常に丁寧に教えていました。

そのU君も、ついに足し算を指を使わずに計算できるようになりました。その瞬間、A先生は「みんな、足し算を指を使わずにできるようになりましたね!じゃあ、引き算にいきましょう!」とおっしゃったのです。これだけゆっくり時間をかけて懇切丁寧に教えたのだから、いくらなんでも、足し算を暗算できない子どもはもういないだろう、と先生は確信されたのでしょう。

しかし、実は1人いたのです。それは…もうお分かりですね。私でした。私の頭の悪さは、児童教育のプロであるA先生の想像を絶するほどだったというわけです。

■ 底辺児童

運動オンチ、いじめられっ子、頭が悪い…私はどうしようもない底辺児童なのだということを、入学早々思い知らされました。小学校1年生ながら、強い劣等感を植え付けさせられました。

何度も言いますが、私の父はスポーツ万能、成績優秀で「神童」と呼ばれた人です。母も旧制の県立第一高等女学校以来の伝統を誇る進学校を出た人です。それなのに、私とのこの差は一体何なのでしょうか。

小学校入学早々こうだったわけですから、先が本当に思いやられました。

(つづく)

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