素朴な疑問:誰がスモールステップで支援するのか?

2015年04月01日(水曜日)

アイキャッチ画像。写真素材サイト photo AC より。

要約


○ 日本の緘黙児支援の本などに書かれてあるスモールステップの取り組み(行動療法)は、保護者や教師が行なうもの。

○ これに対して、行動療法の本場である英語圏の国々の本では、治療専門家や「キーワーカー」が中心的役割を果たす方法が書かれてある場合が多い。

○ 素朴な疑問だが、なぜこうした違いがあるのか。緘黙児への行動療法はいったい誰が中心となって行うべきなのか。現実的には誰が中心となって行なうのが妥当なのか。

スモールステップの取り組み(行動療法)


保護者の負担はとても重かったようです。スモールステップで緘黙児を少しずつ不安に慣らしてゆく「行動療法」の翻訳書『場面緘黙児への支援』を活用して、子どもの支援にあたった保護者のことです。

以下は、2008年に開かれた、緘黙症シンポジウム(日本特殊教育学会第46回大会より)の抄録からの引用です(浜田ら、2009)。

昨年のシンポジウムで紹介されたカナダの緘黙児指導書『場面緘黙児への支援』(McHolm, A. E., Cunningham, C.E. et al. 著、河井英子ほか訳、田研出版、2007年)を活用して、わが子の支援に取り組む2人の保護者の実践事例を報告した。行動療法に基づいた支援プログラムにより、子どもたちは著しい改善をみせている。しかし、現状では保護者の精神的、物理的負担が重すぎる。保護者が容易に学校と連係して支援を行える体制を整備していただきたい。

ただ、このカナダの翻訳書は保護者が主体となって緘黙児を支援する方法を示したものです。この方法だと保護者の負担が大きくなるのは、ある程度避けられないのではないかとも思います。

このように、日本の本(翻訳書含む)や雑誌記事に書かれてある緘黙児への行動療法は、保護者や教師の取り組みで完結しています。専門家との連携を前提とする場合はありますが、専門家が行動療法にどう関わるかについてはあまり書かれてありません。

ところが、行動療法が盛んな英語圏の緘黙の本を見ると、保護者や教師の役割は大きいものの、中心的役割は Therapist(治療専門家)や Keyworker(キーワーカー) と呼ばれる人たちなどが果たす場合が多いです。日本でよく知られた翻訳書『場面緘黙児への支援』では保護者が主体ですが、この本は実は例外です。

日本の本、雑誌記事では


○ 『場面緘黙児への支援』

カナダの本 Helping Your Child With Selective Mutism の翻訳書で、保護者主体。もともとは COPEing with Selective Mutism: A Collaborative School-Based Approach というコンサルタント向けのマニュアルだったものを、保護者向けに書き直したものです。

○ 『場面緘黙Q&A』

第3章がほぼ行動療法の内容で、保護者や教師による取り組みが書かれてあります。保護者、教師向けの本。

○ 『どうして声が出ないの?』

後半で「医師や専門家にはできない、保護者にしかできないことはたくさんあります」として、その中で保護者によるスモールステップの取り組み(行動療法)が紹介されています。この中には、教師との協力を要する取り組みもあります。保護者と子ども向けの本ですが、行動療法に関する部分は保護者向けです。

○ 「保育園・幼稚園・学校で話せない場面緘黙児の理解と支援」(『児童心理』2014年7月号収録)

『児童心理』の読者層を意識してか、教師による支援法が示されていました。

英語圏の本では


○ The Selective Mutism Resource Manual

英国では緘黙支援のバイブルとされる本。キーワーカーが最も大きな役割を果たします。キーワーカーは専門家、学校スタッフなど。『場面緘黙Q&A』のコラム21(38ページ)によると、通常TA(Teaching Assistant)と呼ばれる補助指導員がなることが多いですが、母親がなる場合もあるそうです。

○ Helping Your Child With Selective Mutism

『場面緘黙児への支援』の原書。お話した通り、保護者主体です。

○ Helping Children With Selective Mutism and Their Parents

オックスフォード大学出版局から出た本。学校に関わる専門家が主導。具体的には、学校に関わるソーシャルワーカー、学校専属の心理学者、生徒指導員、教師、校長。

○ The Selective Mutism Treatment Guide

イスラエルの専門家が出した本。米国でよく売れてます。三章立てで、親向けマニュアル、教師向けマニュアル、治療専門家向けマニュアルの構成ですが、治療専門家の役割が最も大きいです。

○ Treatment for Children With Selective Mutism

オックスフォード大学出版局から出た2冊目の緘黙の本。緘黙の標準的な治療手順を示した本です。当初は治療専門家主導ですが、除々に親や教師に主導権を移してゆきます。

○ Selective Mutism

昨年出た米国の本。キーワーカーが最も重要な役割を果たします。キーワーカーは、学校専属の心理学者、行動分析家、ソーシャルワーカー、カウンセラー、言語聴覚士が理想。しかしそうした人をキーワーカーに選ぶのは簡単ではないため、現実には、校長、保健室の先生、TA(補助指導員)、専門職助手、reading specialist などもあり得ます。教師は多忙なため、キーワーカーにはすすめられません。

なぜこうした違いが?


素朴な疑問ですが、どうして英語圏の国々と日本ではこのような違いがあるのでしょうか。私が思いつく理由を挙げます。といっても、当てずっぽうで書いたまでです。これらのうちどれが当たっているか、外れているかは私には分かりません。

1 日本では、英語圏の国々で言う治療専門家やキーワーカーの役割を果たせる人物がほとんどおらず、保護者や教師が中心となって行動療法を行うより仕方がないから。専門家の有無や、教育制度の違いが関係しているのかもしれません。

2 日本の行動療法ブームのきっかけとなった翻訳書『場面緘黙児への支援』が、保護者主体によるものだったため。この本の影響が大きすぎたのかもしれません。英語圏の類書の多くは、これまでお話したように保護者主体ではないのですが、これら類書は翻訳されていないため、知られていなさそうです。

3 商業上の理由。保護者向けの本として出版した方が日本では売上が見込めそうだから。売れない本は出版できません。もしかしたら、行動療法を実践するような専門家が日本には少なく(1の理由と関係)、このため専門家向けの本よりも保護者向けの本が出版されているのかもしれません。保護者向けの本なら、専門家による行動療法の実践方法が書かれないのは納得です。

4 たまたまで、深い理由はない。治療専門家やキーワーカーの役割を果たす人物向けの行動療法の本が、たまたま日本でまだ出版されていないだけ、など。

来月発売される予定の『先生とできる場面緘黙の子どもの支援』には、この意味でも注目しています。これは Helping Children With Selective Mutism and Their Parents の邦訳書で、原書は学校に関わるソーシャルワーカー、学校専属の心理学者、生徒指導員、教師、校長など、学校に関わる専門家が主導のものです。

それにしても、緘黙児への行動療法はいったい誰が中心となって行うべきなのでしょうか。また、現実的には誰が中心となって行なうのが妥当なのでしょうか。保護者、教師、専門家は行動療法でどのような役割分担ができるのでしょうか。

文献


◇ 浜田貴照、久田信行、藤田継道、山本洋子、阿久津賢治、加藤哲文(2009)「緘黙症克服への取り組みのために-成果と問題点- 」『特殊教育学研究』46(5)、336-337。