contamination(コンタミネーション)効果とは何か

2015年04月07日(火曜日)

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事例1-顔見知りのいない高校に進学したはずが…


僕は、幼稚園の頃からずっと場面緘黙症の豊丹生迅 (仮名)と言います。4月から高校に入学します。

僕が入学する高校は、自宅から電車で1時間以上もかかるところにあります。敢えて遠方の高校を選んだのです。というのも、緘黙していた頃の僕を知る人がいない高校に進学すれば、緘黙を克服できそうに思えたからです。

ところが、高校1年の新しいクラスを見て驚きました。僕の緘黙時代を知る中学時代以前の同級生が、クラスに18人もいるではありませんか。うちの地元の学校は、どんな進路指導をしていたのでしょう。おかげで、高校進学という緘黙克服の大チャンスを逃してしまいました。

この事例は私の作り話です。どうりで話が極端なわけです。ですが、ここまで極端ではなくても、似た話は聞いたことがあります。わざわざ誰も受験しそうもない高校を選んだのに、入学したら知っている人が何人もいて、緘黙克服のチャンスを逃したという話です。

緘黙児・者は、自分のことを知る人が誰もいない環境だと、案外話ができる場合があります。話題のコミックエッセイ『私はかんもくガール』でも、作者のらせんゆむさんは、顔見知りのいない高校に進学したことが緘黙克服に役立ったというような描き方がしてあります。

この事例の豊丹生迅(ぶにゅう・じん)君も、顔見知りのいない高校なら話せるようになった可能性もあります。ですが、18人の同級生のために、話せなくなったわけです。

事例2-母親と一緒に放課後の学校訪問を行なったが…


私は幼稚園の頃からずっと話せない、場面緘黙症の小学3年生・蝶間林心華咲(仮名)と言います。

お母さんは『場面緘黙Q&A』という本をよく読んでいて、一緒に「放課後作戦」をやろうと言い出しました。お母さんと一緒に、誰もいない放課後の学校に行って、少しずつ慣らしてみようというのです。

それでそうしてみたのですが、やはり少し緊張して、家と同じように話をすることができませんでした。次にお母さんと一緒に学校に行くときは、もう少し話せるようになるといいなあと思いました。

これも私の作り話です。蝶間林心華咲(ちょうまばやし・みかさ)さんは、家では母親と話ができるのですが、学校だとそうもいかなかったようです。学校は放課後で、知っている児童は誰もいなかったにもかかわらずです。

これは、学校という場所が、蝶間林さんを母親の前でも緘黙にさせたと言えます。それは、この少女が、学校で話せないという行動を積み重ねてきたためかもしれません。

contamination(コンタミネーション)


米国の一部の緘黙専門家は、近年、こうした現象を contamination(名詞形)とか contaminate(こちらは動詞形)などと呼んでいます。[注] contaminate はふつう「汚染する」「(性格などに)悪影響を及ぼす」などと訳されますが、ここではその訳は適切とは思えず、どう訳せばよいか分かりません。

事例1の場合、豊丹生君のことを知る高校の同級生18人は contaminate されているという言い方をします。事例2の場合は、学校が contaminate されています。

このように、contaminate された「人」「場所」「活動」に場面緘黙症の子や人が関わると、その緘黙児・者は口をつぐんでしまいます。こうして緘黙行動をとり続けると、その行動はますます強化され、contamination がさらに進行してしまいます。この悪循環を止めることが行動療法の課題という見方もできます。

ですが、人、場所、活動がどれも contaminate されていない場面だと、話ができることもあります。緘黙児・者のことを知る人がいない学校に進学/転校した場合などは、そうです。

それにしても contaminate とは、米国の一部専門家も便利な言い方を考えたものです。感心のあまり、こうして、ブログを通じて日本の方に紹介したくなります。ただ、contaminate という英語をどう訳せばよいのか難しいのが難点です。いっそ片仮名で「コンタミネーション」としてしまうのも手ですが、これだと意味がピンときませんし、馴染みのない片仮名言葉を使うのは私としては気がすすみません。

[注] 例えば、米国の民間機関 Child Mind Institute の緘黙症ワークショップや、昨年発売された本 Selective Mutism: An Assessment and Intervention Guide for Therapists, Educators Parents などで確認できます。