録音した自分の声を聞く

2010年08月24日(火曜日)

このブログでは、ときどき場面緘黙症の論文を取り上げています。私は専門家ではないのですが、自分自身の勉強も兼ねて。

今回はこれです。学術雑誌の "Letter to the editor" 欄に投稿されたものです。

C.H.Y. Kee, D.S.S. Fung, and L.K. Ang (2001). An electronic communication device for selective mutism. Journal of American Academy of Child and Adolescent Psychiatry, 40(4), 389.

■ 概要

6歳の場面緘黙症の少年に3年間様々なアプローチによる介入を試み、さらに、9歳時にボイスコミュニケーターと呼ばれる電子通信機器を用いることによって、発話できる範囲を広げることに成功した事例です。シンガポールの研究。

■ 所感・所見

◇ 録音・再生機器ボイスコミュニケーター

ボイスコミュニケーターという機器を使って発話を促した点が、今回の研究のポイントです。今日では比較的知られた方法ですが、この研究が載るまでは、こうした緘黙症児介入の事例は学術雑誌の類には報告されていなかったようです。

このボイスコミュニケーターは、"Yes" "No" "Thank you" "Goodbye" といった短いメッセージを録音できるとともに、録音した音声を再生できるものです。再生した自分の声を、徐々に慣れない場所で再生して聞くようにします。

私はこれを読んで、イギリスで緘黙の子の支援に用いられている「トーキング・レイ」「トーキング・トイ(talking toys)」を思い出しました。これはオウムのぬいぐるみのような形をした録音・再生機器これは録音・再生機能のあるぬいぐるみで、『場面緘黙へのアプローチ』『場面緘黙Q&A』でも紹介されています。こうした機器を活用する狙いは、家庭など子どもが安心できる場所で録音した話し声を、学校など不安を感じる場所で再生することにより、自分が自分の声を聞くのみならず、多くの人に声を聞いてもらうことです。ただ、今回の研究では、ほとんど自分の声を聞くことのみ重点が当てられています。このあたり、どういうことなのか、私にはまだよく分かりません。

ただ、もし私が緘黙だったときに(自己診断ですが)、自分の録音した声をいきなり教室で再生などされようものなら、とても耐えられなかったことだろうと思います。再生するなら、今回の研究のように短い言葉を少しずつしてもらえると安心できたでしょうが、治療効果としてはどちらが高いのかは私には分かりません。

◇ 3年かかった

今回の研究では、特にボイスコミュニケーターを使ってから緘黙状態が大きく改善されたようですが、ここまで到達するのに3年かかっています。緘黙の子の支援には根気強さが要求される場合もあると、改めて感じました。

◇ シンガポールの研究

今回はシンガポールの研究でしたが、少なくとも英語圏の学術雑誌で、シンガポールの緘黙研究を見かけるのは珍しいです。今回の研究を読む限りでは、シンガポールだからといって何か緘黙の対応で特別なことがあるといった印象はありません。

シンガポールについては、オンライン上でも以前より場面緘黙症のコミュニティがあり、今回の研究の著者のお一人 Daniel Fung 氏が、緘黙サイトを運営されたりもしています。

[追記]

トーキング・トイについて、訂正しました。失礼致しました。ご指摘ありがとうございました。(2010年8月26日)


緘黙経験者から聞き取り調査を行った論文

2010年08月10日(火曜日)

このブログでは、ときどき場面緘黙症の論文を取り上げています。私は専門家ではないのですが、自分自身の勉強も兼ねて。

今回の論文はこれです。個人的に気になったので題材にします。

Omdal, H. (2007). Can adults who have recovered from selective mutism in childhood and adolescence tell us anything about the nature of the condition and/or recovery from it? European Journal of Special Needs Education, 22(3), 237-253.

■ 概要

ノルウェーの研究です。場面緘黙症について教師にとって重要な含意があるテーマ5つを設定し、その上で、かつて場面緘黙症を経験した方6名と面接を行い、5つのテーマについて自身の場合はどうだったか聞き出し、それらをまとめています。

■ あらま!

考察部分の一部にあたる248-249ページが、とある事情により読むことができませんでした。

■ 所感・所見

かつて緘黙を経験した方から体験談を聞き出すという、この種の論文としては異色の調査方法がとられています。このため、調査対象者の年齢層も、31歳から60歳までと、緘黙関係論文としては異例の高さです。特に60歳女性は第二次大戦中に育った方で、こうした年代の方の緘黙のお話はなかなか目にすることはありません。

この独特の方法ゆえ、引き出せた事実もあります。例えば、6名の緘黙経験者のうち4名が、緘黙が軽快する過程で自ら意識的に発話をしようという決意を行っていました。また、緘黙経験者が、今なお場面緘黙症のいわゆる後遺症に悩まされている事実も明らかになっています。いずれも重要な事実だと思います。

ただ、論文を読みすすめるうちに、これは本当に場面緘黙症なのだろうかと思われる描写が多少あり、考え込んでしまいました。また、調査対象の緘黙経験者が全員女性であり、男性の方のお話も読んでみたかったところですが、これはやむを得ません。


行動療法の効果を比較した、イギリスの研究

2009年11月24日(火曜日)

このブログでは、ときどき場面緘黙症の論文を取り上げています。私は専門家ではないのですが、自分自身の勉強も兼ねて。

今回の論文はこれです。

Sluckin, A., Foreman, N., and Herbert, M. (1991). Behavioural treatment programs and selectivity of speaking at follow-up in a sample of 25 selective mutes. Australian Psychologist, 26(2), 132-137.

■ 概要

イギリスの研究です。過去に、場面緘黙症児に行動療法を施した例(11例)と、標準的な治療プログラムを施した例(14例)の予後調査を行っています。調査の結果、行動療法が標準的治療プログラムよりも治療効果が高い等、様々なことが分かっています。

■ 所感・所見

◇ 著者の一人は、あのアリス・スルーキン氏

この研究は、『場面緘黙へのアプローチ』の本に何度も登場します(46ページなど)。また、この研究の著者の一人は、イギリスの緘黙支援団体 SMIRA の代表・Alice Sluckin (アリス・スルーキン)氏で、この方も『アプローチ』の本やDVDに出てきます。

◇ 行動療法を他の治療法と比較

今回の研究の注目すべき点は、単に行動療法を行っただけでなく、行動療法を施した多数の症例を集め、それを他の治療法と比較した点ではないかと思います。もちろんこの比較については、統計学的な処理が行われ、厳密に検討されています。

場面緘黙症の子に何らかの治療法(例えば○×療法としましょう)を試みたところ、治った!という報告はよく見ます。しかし、少し厳密なことを言うと、それだけで、○×療法が場面緘黙症の治療に効果があったと考えるのは、早計です。もしかしたらその子が声が出るようになったのは、○×療法とは別の原因があったのかもしれません。例えば、実はその子は自然に治っただけで、○×療法は全く効果がなかった、という可能性だって考えられます。また、○×療法とは別の治療法を行えば、もしかしたらもっと治療効果が高かった、ということだってあり得ます。

そうした意味で、多数の症例を集めて治療法を比較した今回の研究には、意義が大きいだろうと思います。ただ、今回の研究では行動療法の方が効果が高いという結果が出ましたが、方法にいくつか問題がありますし、一般に場面緘黙症に行動療法が効果的かどうかは、他の文献ともあわせて検討しなければならないのではないかと思います。